強がるその声も。


 ぼんやりと目を醒ました。
 引かれたカーテン越しにほの明るい光が忍び込む室内は、明けきらぬ朝の静寂に未だ支配され、覚醒していない世界がそこらに停滞していた。
 二三度目を瞬かせる。
 やがて聴覚が朝の音を捉え始めた。時計の秒針が忙しげに進む音、雀の鳴く声、それからアパートの前の道路を通り抜ける新聞配達のバイクのエンジン音。早朝特有の静謐な雰囲気と混在する物寂しい空気に、口をヘの字に曲げた。何時なのか確かめようと枕元にあるはずの目覚まし時計を上体をひねって手探りで掴んだ。
「ん……、もう、朝……?」
「ごめん。起こしちゃった?」
 あっと思ったが、彼女の眠りが浅い事は知っていたのに不用心だった。
「まだ、5時だよ」
 そう告げると、少し呂律の回らない声で短く呟いて、彼女が寝返りを打った。
「……そう」
 こちらを向いて、白い肩をこちらへ擦り寄せてくる。少し寝ぼけているのだろうか、じゃれつくような子供っぽい仕種に驚いてどきりとした。普段の彼女は決してそんな仕種をした事がないし、してよとせっついてみた所で邪険にいなされるのがオチで、振って沸いた幸運を嬉しく思うどころか、狐に摘まれたような感覚を覚えるしかなかった。けれどこちらの小さな動揺など知らぬ顔で再び眠りにつくと、そのままうんともすんとも言わなくなる。――やはり寝ぼけていたのだろう。
 あっさりと寝息を立て始めたので、気まぐれに彼女の髪に触れてみた。恐る恐る、彼女の髪をひとすじ手に取る。
 緑の黒髪、という形容がぴったりと当てはまりそうな髪だった。彼女の生真面目な性格をよく表した髪だと思う。力を抜くと指からさらさらとこぼれ落ちていく、真っ直ぐで濁りのない色の髪。
 安心しきって眠りに落ちていく彼女を見ていたら、先程の仕種が頭を過り、少し嬉しくなった。
「蓉子」
 そう名を呼ぶと、微かに彼女の肩が揺れた。首をぐいと伸ばして、その剥き出しの肩にくちづける。少し、冷たい。
 口を開いて軽く噛む。それでも起きなかったので、舌先で肌を舐めた。微かに塩気がした。
「ん……、何?」
 気だるそうな声。
「別に。……起こしてごめん」
 しおらしく確信犯でそう呟くと、案の定彼女がいたずらを赦した。
「いいけど……。ホントになんなの?」
 いつだって彼女は優しい。生真面目な彼女は厳しい面も多いが、本気で彼女が私を責めた事は一度たりともなかった。
 だから私は彼女の優しさにつけ込む。
「蓉子」
「なに?」
「――したい」
「………………駄目よ」
 さも迷惑そうに眉が顰められる。
 その眉にキスをし、瞼に、鼻梁に、そして唇にキスをする。駄目と言った割にあっさりと開かれる唇に、ねっとりとしたくちづけをする。舌を挿し込み口内を舐め回す。歯列を撫で、舌を吸い搦め捕る。彼女の鼻から息がこぼれた。
 それを合図に覆い被さろうと上半身を起こしたその瞬間。
 ――――パシ。
 彼女の手が伸びて、鼻先を押さえられた。
「駄目と言ってるでしょう。今日の講義は休むわけに行かないのよ」
「単位は大丈夫なんでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょ。もう少し寝かせて。あなただって大学行くでしょ?」
「今日はメンドいから休む」
「行きなさい」
 鼻を押さえていた手で肩を押して私を寝かせようとするが、こちらだってはいそうですかとは言わない。
「じゃあ行くからエッチしよう」
「私は寝たいの。寝不足で講義を受けたくないの」
「いいじゃん。もう寝不足じゃん」
「誰のせいよ」
「私」
 そう言って、ブランケットの下の裸の胸に素早く触れる。ちいさな突起を中指と薬指で摘んだ。
「聖! ホントに怒るわよ」
 赤い顔でにらむ彼女。
「怒んないでよ。じゃあ触るだけ。それならいいでしょ?」
 そう言うと、さも怒ってますといったように溜め息を吐き出した。
「しませんからね」
「ケチ」
 私がそう言うと押し問答が終わった。
 赤い顔のまま彼女が目を閉じ、身体を強ばらせる。じっと我慢をして、無反応を決め込むつもりだ。
 それでも執拗に乳首を捏ねた。
 無性に蓉子の乳首を舐めたくなった。SEXをしている時の彼女が好きだった。甘く善がる声も、嫌と鳴く声も、緑の黒髪も、白い肌も柔らかな胸も、鎖骨の線も、肋骨の小さな起伏も、潤んだ秘所も。
「蓉子」
 よく睨むその眼も。
「講義には、出ますから」
 強がるその声も。



END










あとがき

★わー。ヤマなしオチなしイミなしですな!
★いや、こういうあっさりした話が書きたかったんです。



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Saku Takano ::: Since September 2003