運命


 誰かの思い通りになるのは好きじゃない。
 ――わたしは、わたしだ。


 運命を信じるか?
 そう言いかけて止めた。今そんな言葉を口にしても栓のない事だ。もうこれ以上何に縛られれば済むと言うんだ。
 明日になれば総べての決着が着く。
 なつきは白い天井を見詰めたまま、柳眉を顰めた。
 ベッドで四肢を伸ばしながらどこか見覚えのある天井だな、と思っていたが、舞衣の部屋に泊まり込んだ事など殆どないし、こんな風にまじまじと天井を見上げた事など皆無だったのだが、はたと思い至った。
「そうか」
「――何? なつき」
「否、何でもない」
 ……これは静留の部屋の天井だ。
 寮など一部屋一部屋は大して違いはない。部屋の壁材やら天井の材質などには殆ど違いはないし、精々間取りが若干違う程度だ。
 わたしはこんなにも、あいつの近くにいたのか。
 静留の部屋に幾度となく泊まり込み、二人部屋に独りで住んでいたから空いた方のベッドに寝て。いつの間にか天井の白さなんか覚えてたりして。
 首だけ右に向けると、そこにもう一つのベッドがある。でもそこにあるのは薄紫のベッドカバーでもなく、静留がいるのでもない。
 視線を感じた舞衣が静留を振り向く。
「……どうしたの?」
「……何でもない」
 そこにいるのは鴇羽舞衣だ。
 静留じゃない。
 それでもそこにいるのが当然のように、静留の姿が瞼の裡にちらつく。

  何やの?
  うちの顔になんか付いとります?

  ――もう寝たのかと思ってな

  こんなに可愛いらし寝顔が隣にあるのに、
  あんたより先に寝たら勿体ないですやろ

  ――バ、バカ
    あまりふざけた冗談を言うな

  冗談やないどす、
  ……なつき

 そうやっていつも微笑って冗談ばかり言って。人の事を煙に巻いて、何を考えてるのか分からない奴で。
 でも、冗談なんかじゃなかった。
 わたしの名を呼び静留が唇を寄せて来て――
 あれは本当にわたしの記憶なのだろうか? わたしは本当に、菊川が言ったように静留に……?
「――――」
 そう思った途端顔に熱が集中する。
 舞衣から借りた体操着を避けて、剥き出した首筋に触れる。
 あいつが……? わたしに……?
 分からない。酷い怪我を負って眠っていたとは言え、肌を重ねた記憶などまるでない。風呂に入った時に、もしやと思いつつ身体のあちこちを検分してみたが、そんな痕跡は見当たらなかった。
 だが、あの時咄嗟に飛び出した時に、――あんた、今の話……――と絞り出すように口にした静留の悲痛な表情を見た限り、決してそれが嘘だとは思えなかった。恐らく、本当に――抱かれたのだ。
 決して軽んじられない事実に小さな溜息を漏らす。だが、溜息一つで済むと言えばそれだけだ。冷静になった今でも自分でも驚く程ショックは少ないし、それで、静留に愛想をつかすつもりなど微塵にも思い得ない。
 静留はどんなつもりであんな事を――
 正直自分には、女同士でする行為が理解出来ない。だから、それをした静留の気持ちは理解出来ない。
 でも、嫌悪感はなかった。あの時は驚いて思わず静留の手を振り解いてしまったが、あれは嫌悪感じゃなく戸惑っていただけなのだと、今なら分かる。
 そうだ。
 あいつの気持ちはあいつの望むようには受け入れてやれないが、――嫌ではない、と思う。抱かれる。あいつに。
 受け入れる事は出来ないが、嫌悪感はない。例えば胸をまさぐられたって構いやしない。
 そう思うとおかしくて笑いが溢れた。舞衣に聞こえないように、布団を頭まで引き上げる。

「しずる」
 唇だけで呟く。
「静留、静留、静留」
 何度呼んでも、もう彼女には声は届かない。今、あいつはどうしているのか? まだ、独りきりで闘っているのか。
 あいつも、こんな風に夜、ベッドの中でわたしの名を呼んだのだろうか。何度も。声も、胸も震わせて。
 ――否、こんな気持ちなんかじゃ済まなかっただろう。
 もっと、深くて痛くてもうどうにもならない気持ちを抱えていたんだ。
「静留」
 もう一度だけその名を呟いた。

 運命なんかじゃない。
 こんな運命があるものか。
 静留と出会い、友人となって、彼女の寮の部屋へ度々出掛けて、泊まり込んで部屋の天井を覚えているなど、そんな下らない運命があるものか。
 わたしはわたしの意志で、静留を……。

  なつき

 知らなかった。

  うちは、なつきが好きどす

 だって、いつもあいつは笑っていたから。笑って、わたしを支えて包み込んでいてくれたから。
 それが愛でも恋でも構わない。――わたしは静留が好きだ。
 今だってこんなにもあいつの事を想っている。静留。
 何故、今、私の隣におまえがいないんだ。

 もう一度おまえの声で聞かせてくれ。
 わたしが、好きだと。

  なつき

 わたしの名を呼び静留が唇を寄せて――
 何度記憶を呼び寄せても唇が触れる直前であいつは消えてしまう。

 そうか、やっぱり――
 あいつの望む形にはなれないんだ。この気持ちは恋じゃないから。どんなにあいつが好きでもあいつの気持ちを望む形では受け入れてやれない。
 でも、だから。
 あいつのわたしを想う気持ちが、わたしを奮い立たせてくれる。――闘える。

 わたし以外に、誰にもおまえを逝かせやしないから。
 ――静留。


fin.





あとがき

★やっちまいました。舞-HiMEのSSです。……………………ぎゃふ。ここはまこ亜美サイトなのにな~(遠い目)
★でもあのTVの怒濤の後編見たらSS書かずにはおられんでしょ。つうかなつきさんの「やっぱりおまえの望むような気持ちにはなれない」……つらい言葉だよ。そんなの分かってるから静留が暴走したんでしょ。でもそれを口に出して本人に言っちゃうあたりなつきさんらしいなあと。
★ま、そういうなつきが静留は好きなんでしょうけど。頑張れ静留さん(笑)女性に限って言えば案外ストレートの子も時間をかければ落ちますから!(笑)

★あぎゃ。静なつなのに、静留さんが出てきてない(笑)


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Saku Takano ::: Since September 2003