夕暮れのキッチン


 そわそわ。
 そわそわそわそわ。

 まるでそんな音でも聞こえて来そうな程、すっかり所在をなくしているなつきの姿が、彼女の自宅リビングにあった。ソファーの上、何度も時計を見上げたり、雑誌に視線を落としつつも少しも頁は進んでいないし、むしろ一行だって頭に入ってはいない様子がありありと伺える。
 ――そわそわ。
 徐に脚を組み換える。
 3分と経たない内にまた、組み換える。
 ――そわそわそわそわ。
 今度はソファーに寝転がり雑誌に目を落とす。だがやはり集中出来ずに、体勢が悪いかと仰向けになり雑誌を頭上に掲げて見る。すると直ぐに腕が疲れてしまい、また仰向けに戻る。
「……はああああぁぁ…………。……ああ、もう!」
 意味もなく盛大な溜息をついたかと思うと、ついに雑誌を放り出し、ソファーの上で膝を抱えた。そして額に手をやって目を覆う。そして死にそうな声で、ああ、と呟くと膝を抱えたまま、ごろりとソファーに転がった。
「しずるぅ………」
 ここにはいない人の名を、呟く。
 だが、口にした後ではっとする。
 ――わ、わたしは今何と言った!? し、静留の名前を言ったのか?
「まさかそんな訳は――」
 大声でそう言って勢い良く起き上がり、しかし一体誰に対する言い訳なのかとそんな疑問が頭を過って思わず顔を赤くした。
 ――……わたしは何をやっているんだ……。
 やがてなつきはけだる気に立ち上がると、膝に乗っていた雑誌が床へ落ちるのを鬱陶しげに見遣り、キッチンへと足を運んだ。
 シンクのハンドルを下げ、グラスに水を注ぐ。それに口を付けて一息吐いた時にふと気付く。
「ん……。こんなコップ、あったか?」
 首を捻り、まじまじとグラスを見つめる。
 ……ああ、確かいいグラスを見つけたから思わず衝動買いしてしまったと、静留が言っていたな。
「…………」
 もう一度、グラスを口に運んで喉を潤す。
 またグラスを眺め、思わず顔を赤くする。
「ったく、あいつ……。私物をうちに増やしやがって……」
 溜息をつく振りをして、グラスをシンクに置く。
 ふと見回すとキッチン回りには自分が買った覚えのない品々が並んでいた。調味料。調味料入れ。皿。その他よく分からないものたち。
 静留がなつきに断りもなく購入していったものだ。ずっと以前には一々断りを入れられていたような気もするが、その内に、勝手に静留の使い勝手のいいように手を加えられていった。最早キッチンはなつきの領域ではない。
 瞼に、彼女が立つ姿が浮かぶような気がした。

 ――なつき。早うお夕飯にしましょうな。

 そう言ってキッチンに立つ静留。

  「ばか……。静留、早く帰って来い」


fin.





あとがき

★ヘタレっこなつきどす(笑)
★さていつ頃のふたりなのか、書いてる私にも分かりません(笑)でも微妙になつきが否定してるから、
★いっつも男前ななつきばっかり書いてしまうので、たまにはこういうのもいいかな、と。


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Saku Takano ::: Since September 2003