困りますわ。こんなにチョコレートもろてしもて。

え? ……チョコレート欲しいん?





















チョコレートの行方


「……誰から?」
 何かを企んでいるような、からかうような口調でそう問われ、思わず声を荒上げた。
「ば、ばか! ふざけるな。誰がそんなもの欲しがるか!」
 なつきは手渡されたコーヒーをこぼしかけて、慌てて静留にマグカップを支えられる。火傷しますえ、と再び渡し直されたマグカップを今度こそ受取り、苛立った気持ちを押さえ付ける為に口を付けたが、やはり、火傷した。
 くそ、静留が変な事言うから――……
 唇を嘗めながら、火傷の元凶――本当は自分の所為だが――を睨む。静留はくすくす笑いながら、紙袋の中身を整理し始める。
「ったく、そんなに貰ってどうするんだ。食べ切れないだろう」
「やっぱり、なつきも欲しいん?」
「だから違うと言ってるだろうが」
 このままでは先程と同じ問答になってしまう。なつきは嘆息すると、生徒会室の長テーブルの上に腰掛け再び静留を睨んだ。静留の座る会長席は、なつきのいる長テーブルから向かって左手に直角に設えられており、なつきからは静留の手元が良く見えた。恐らく30~40個はあろうかという、紙袋いっぱいのチョコレート。
 今日は、学校中がどことなく浮かれている、聖バレンタインデーだ。
 ――どうでもいいが。
 然も興味がないといった表情(かお)で、コーヒーを口にするなつきを見て、静留はくすりと小さな笑みをこぼすと、また視線を手元に戻す。――確か記憶では42個、チョコレートはこの中にある筈だ。
 貰う時には必ず学年と名前とを聞くようにしているし、滅多な事では人の顔と名前を忘れる事はないから、間違いはない筈だ。だが、どうせまた寮への帰路でいつくか渡されるだろうから、これで全部ではない。
「さすがに全部は食べれまへんさかい、添えられてるカードとか手紙だけ貰うて、チョコレートは生徒会の皆さんで頂いて貰おかと思うてますけど……。でも、黎人さんもぎょーさん貰てはるやろしなぁ。どないしましょ」
 然して困ったようには見えない、はんなりとした仕種で、右手を口元へ寄せる静留を見て、明日は生徒会室へ来るのは止めておこうと、なつきは思った。大量のチョコレートを有無を言わせないあの笑顔で押し付けられるのだけは勘弁して欲しい。
 静留と知り合って、もうすぐ丸3年。中一の時も中二の時も思ったが、毎年静留が受取るチョコレートの量は半端じゃない。やはり今年も驚く程の量で、断ればいいのに、とも思うが、どうせ自分が貰うんじゃない、となつきはにやりと笑った。
「困るのなら貰わなければいいじゃないか」
 さっきの仕返しとばかりに、意地悪くそう言ってやったが、しかし静留は然して堪えた風もなく、さらりとなつきの言葉をいなす。
「せっかくの気持ちやからね。それに無碍に断って、かわいらしおなごはんたちの泣き顔は見とうないし」
 否、正直な所、静留にしても気持ちは嬉しかったが、一ヶ月後に控えるホワイトデーを思うと、やや少し気が重くもあったのだ。まあ、そうは言っても好意を向けられる事自体は嬉しくもあるし、何より彼女らの無邪気な笑顔は可愛らしいものだから、結局は来るもの拒まずで全て受取ってしまうのだ。
「……御苦労な事だ」
 なつきはぐったりと肩を落とすと、またコーヒーをすすった。
 その時不意にある事が疑問に浮かび、聞いてみようかと再び口を開いた。
「そういや、お前自身は誰かにやらんのか、チョコレート」
 本来バレンタインとは女が男にチョコをくれてやるもんじゃないのか、と思い出し、なんとはなしに気になったのだ。
 生憎となつき自身は恋愛などといったものに興味はないし、馬鹿げた年中行事にも不関を貫いてきたが、殊に静留においてはその権化みたいなものであるし、やはりからかってやろうという腹づもりも沸いてきて、静留を見遣った。
 顔のひとつでも赤くしたなら思いっきり大笑いしてる。
 しかし返ってきた答えはなつきの予想とは反するものだった。
「うちは義理チョコとかそういうんはあげへん主義やから」
「――は?」
「それともなつきがもろうてくれはるなら、あげよかしら?」
 鮮やかな笑顔を浮かべ、顔を覗き込まれる。
「ば、ばかか!」
 ――まただ。
 不慣れなこういう攻撃には受け身の取り方が分からない。思わず顔が赤くなる。
 ――こいつは一々なんでこういう事を言うんだ。
「わたしはそんな物は貰わんぞ! わ、わたしはお前と違って女からそんなもの貰う趣味はない!」
「あーら、残念」
 ふふ、と笑いながらお茶をすする静留。その仕種にはたと気付く。
 またこいつの冗談か……!
「せやけど、バレンタインゆうんは日頃言いたくても言えへん想いを伝えられるチャンスやからね。好きとかそういうんやなくても、感謝とかお礼とか、そういう気持ちでもええやろし、そないに邪険にすることない思いますけどな」
 確かにその通りかも知れないが――、素直に認めるのが嫌で、フン、と鼻を鳴らす。するとやはり何でも見透かしたような顔で彼女が笑うから、ばつが悪い。
 不意に静留が妙な事を聞いて来た。
「なつきはチョコレート、貰わなかったん?」
「はあ? も、貰うか、そんな物!」
「そうなん? なつき、かわいらし顔してはるし、もてるんやないかと思うたんやけど」
「な! ……し、知るか! もててるのはお前だろ。第一わたしはお前と違ってへらへらして誰かれ構わずそんなもの受取る程、ちゃらちゃらした根性してないからな!」
「せやったら、特定の人からやったらええの?」
「ち、違う! 誰がそんな事を言った! 第一お前、今、好きとかじゃなくても感謝だとかなんとか……」
 自分の意志とは関係なく、どんどんおかしな方向へと話が進んで行く。こいつと話しているといつもそうだ。
 ――くそ。
 顔が、熱い。
 否定すればする程、どうしていいか分からず、顔が紅潮してしまう。
 本当は、貰っていた。
 否、貰ったというより、知らない間に置いてあったのだ。――愛車のハンドルに掛けられて。
 さて帰ろうとドゥカティを駐車させているいつもの場所に行って見ると、小さな手のひら大の紙袋が掛けられていて、何かと思ったら小さな包みが入っていた。迷ったが取り出して振ってみると、かさかさ、かたかた、軽い乾いた音がした。
 明らかに贈り物らしくラッピングされたそれが、まさか自分宛の物とは思わなかったが、誰かへのプレゼントを持ち主の分からぬバイクに不用意に置いておく訳がないし、しかし貰う宛もない、と思いゆくゆく考えたら今日はバレンタインだった。
 その辺に捨ててしまおうかとも考えたが、ドゥカは滅多に人の通らない所に留めてあるのだし、学園の生徒の多くはその存在を知らない筈だ。だとすればやはり自分を知る人物が、自分宛に敢えてここに置いていったのだろうし、この場所を把握しているような人物からだったとすれば、無碍に捨てるのはどうか。――否、関係あるか、捨ててしまえと思ったが、やはり、どこか後ろめたかった。
 どうせなら直接渡された方が、まだ直にいらんと言い捨てる事も出来たのに……。
 結局、差出人の分からぬ物を持ち帰るのもあまりいい気がしなかったし、処分と行く宛に困りなんとなく生徒会室に足を向けてしまった。そうしたら、静留がいて、一人茶をすすっていた。
 仕事をしてる風でもなかったし、何をしているんだと聞いたら、ふらふらしているとチョコレートを受取らねばならぬから、ここに一時非難しているのだ、と宣った。
 二言三言からかってやったら、欲しいのかと聞いてくる始末で、結局、貰ったとは言い出せず、背中に隠したまま手の中にある。
 結局処分どころか、こちらが妙にからかわれて、もう静留に押し付ける事も出来なくなってしまった。
「ほな、そろそろ行かんと」
「え? 帰るのか、静留」
「いつまでもここにおっても仕方ないですやろ。悪おすけど、鍵かけなあかんから、なつきも出てくらはる?」
「あ、ああ……」
 こうなったら、どうにか静留に見付けられずに帰るしかない。
 なつきは不自然にならないように気を付けて、静留からは死角になるようにチョコレートの包みを持って、会長席の前を足早に通り過ぎる。
「なつき、どうかしたん?」
「いや、鍵を締めるんだろう。早く出た方がいいかと思ってな」
「おおきにな」
「…………」
 またあの笑みだ。
 でもまさか見られてはいないよな。静留には見えないようにしているし、第一あいつは自分のチョコレートで手一杯な筈だし。
 なつきはひとつ溜息を落とすと、廊下の先から小走りで足音が近付いて来るのに気が付いた。
 中等部の生徒だ。
 高等部の校舎に自分以外で中等部の生徒がいるのは珍しいな、そう思っていたら、近付いて来た女生徒二人はなつきには目もくれず、ドアに施錠している静留に声を掛けた。恐らくは静留が生徒会室を出るのを待ち構えていたのだろう。
「あの、藤乃先輩。あの……」
「どないしたん?」
 静留は優し気に微笑むと、気遣うように首を傾げて先を促す。
 ――よくああもへらへら出来るもんだ。なつきは見て見ぬ振りをして、あくびのひとつでもしてみせる。
 静留の笑顔に若干緊張が和らいだのか、女生徒は持っていた物を差し出した。
「あの、これ、チョコレートです。受取って下さい」
「まあ、うちに? おおきに。あんた、名前、なんて言わはるん?」
 名乗った女生徒の名を口にし、静留はもう一度おおきに、と繰り返す。名を呼ばれた少女は傍目にも分かる程嬉しそうだ。
「あの、私も……!」
「あらあら、おおきに。あんたは?」
 ――何が、あらあらだ。
「静留。わたしは行くからな」
 付き合ってられず、そう一言だけ声を掛けると、なつきは怒ったように歩き出す。
 大きく振りかぶって歩き出してから、しまったと思った。手にしたチョコレートの包みが丸見えだ。
 咄嗟に振り向くと、ちらりとこちらを横目で見ている静留と目が合った。視線だけで微笑まれる。
 ――くそ。
 なつきは乱暴な足取りで廊下を突き進む。
 決して振り返らずに。
 くそ、このチョコレートはどうしてくれよう。やっぱりどこかに捨て――

『せやけど、バレンタインゆうんは日頃言いたくても言えへん想いを伝えられるチャンスやからね。好きとかそういうんやなくても、感謝とかお礼とか、そういう気持ちでもええやろし、そないに邪険にすることない思いますけどな』

『せっかくの気持ちやからね』

 ――くそ。
 どうしろと言うんだ。


 肩で風を切り、威圧感で人を押し退けて歩くなつきの背を見送りながら、静留はこっそりと微笑んだ。
 そして、小さな包みを確りと握るなつきを想いながら、心の中で呟いた。
 受取ってくらはって、おおきに、なつき。


fin.





あとがき

★高2静留さんと中3なつき。静留さん、会長になって間もなくの頃でしょうか? あれ? 生徒会選挙っていつくらいのもんだ?
★学校というものに係らなくなって久しいので、学校行事の時期とかまるで分かりません。中間とか期末とか……。学園ものには必須なのに…。

★それはさておき、バレンタイン話。静留さんいくつ貰うんでしょうね? 私の知る人で40個以上貰っていた女性の方がいらっしゃるので、微妙に参考にしています(笑)その方は会長職は辞退されたそうですが…(笑)やはりホワイトデーは大変だったようです。

★んで、分からないとアレなので、ネタの解説。バイクに置いてあったチョコは勿論静留さんが置いたものです。昼休みかいつか、こっそりと置に来たのです。
★正攻法で渡しても、なつきの性格上すんなり受取って貰えないだろうと思って、そういう遠回しな事を。

★なつきは食べたのかなあ? さすがに差出人の分からない物は口にしないかも? どうでしょう?

★それから冒頭の静留さんのセリフですが、アニ●イトのPCファンディスクから。言ってるですよ、静留さん、こういう事を。カレンダーの2/14をぽちっとしてみましょう~!
★もうね、この声が萌えるのよ! 特に「誰から?」が。
★これを聞いた途端、バレンタイン話、書かなあかんやろ!と鉄槌が降って来まして、ゴーンと出来ました。


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