ミケン・ノ・シワ


 独特の建築美で緩やかなカーブを描いて月明かりを呼び込む窓明かりに、見慣れた端正な横顔が浮かび上がる。どこか憂いを含んだような横顔から小さな溜息がこぼれた。気づかれぬようにとそっとこぼれたそれを聞き逃さず手を伸ばす。

「ナツキ、眉間に皺、寄ってはるえ」

 そう呟いて、シズルは秀でたナツキの額にそっと触れた。
「また考え事してるん?」
「……起きてたのか、シズル」
 気怠げな掠れた声には先程の情熱の余韻が残っている。
「喉、渇いたはるやろ。ちょお待ってな。お水、持って来ますわ」
 そう言うとシズルは何も纏わずに立ち上がる。
「おい!」
 ここはガルデローベ学園長ナツキ・クルーガーのプライベートルームであり、セキュリティは万全で覗きをするような不届き者の侵入など限りなく不可能であったが、それにしてももう少し気を使え、とナツキは眩しそうに彼女の裸体を見上げた。
 二人きりであるとは言え、あまりにも無防備過ぎた。見慣れている筈なのに、見飽きてしまう事なく彼女の裸体はとても眩しくて、正に彼女の二つ名に恥じぬ嬌艶さだった。緩やかにカーブを描く亜麻色の髪の下に見え隠れする引き締まったウエストとヒップ――それらに一度は視線を向けたものの堪らず直ぐに目を逸らす。
 シズルは豊満な姿態を惜し気もなくさらし、裸足のままキッチンへと向かった。隠す事はない。愛する人への愛情も、この身体全て、何も隠す事などないのだから――。そう思ってちらりと後ろを振り向くと、案の定照れているのを誤魔化すように窓の外を眺めている振りをした彼女がいて、苦笑した。
 ……さっきまでは、あないにうちの身体に好き勝手してはった癖に。

 シズルはグラスに水を注ぎ、一口飲んで自らの喉を潤すと、それを持ってナツキの待つベッドへと戻った。
「済まないな」
 そう言って美味しそうに喉を鳴らす恋人の姿を見ると、自然と心が満たされるが、その分不安にもなる。
「あの子の事、考えてはったん? 余り根詰め過ぎると、身体にも良うないおすえ」
「ニナとの舞闘……とはな。全くの素人が敵う相手で――ん……お、おい、シズ……ぅン」
 ナツキの呟きを唇で消して、飲み込む。グラスを気遣って抵抗するナツキに構わずのしかかり、深く舌を差し込むと、やがて抵抗はなくなったが、それでもナツキから舌を絡ませる事はなかった。
 唇を離して、呟く。
「あの子の事ばっかり、考えへんで」
 そんな事言うつもりはなかったのに、気付いた時にはそう口を突いて出ていた。
「シズ……」
「うち……」
「おい、シズ……」
 うちばっかりナツキが好きみたいや。
 掠れた声ごと、ナツキの首筋に口付ける。これ以上困った顔のナツキを見ていたくなかった。
 一度鎮まった筈の熱が、子供じみた嫉妬でぶり返すのが嫌で、乱暴なキスでナツキに八つ当たりしてしまう。
「ナツキの眉間の皺、うちに消さして……」
 聞こえない程小さな声で呟いて、今度こそ深いキスをする。
「ン……シズ……だめッ、んん――あ…!」
 逃げる唇を追うと、自分の中の攻撃的な部分が鎌首を擡げた。ナツキが最も感じやすい部分をなぞり、逃げられないようにそこを責め立てる。眉間の皺を消す筈が、敏感な部分を弄られ更に皺が深く刻まれる。
「だめ、だ。シズ……やッ。ン……!」
「ナツキ……」
 胸の頭頂部を唾液で濡らしながら、堪忍、と呟いたが――、
 その声は不快な衝撃音で掻き消されていた。
「――!」

 ナツキが手にしていた筈のグラスがベッドの下へ投げ落とされ、粉々に砕けていた。

 思わず手を止めると、その一瞬で天地が引っ繰り返った。
 乱暴な手つきで、肩をシーツに押し付けられる。
「馬鹿。――眉間の皺くらいでやきもちなんか焼くな。わたしが――」

 お前のやきもちなんか消してやる。

 そして首筋に驚く程甘い――それだけで、じわりと下腹部が痺れるような――キスを落とされた。






「ったく。あのお転婆姫がまんまとナギ大公の口車に乗せられたお陰で、事態が複雑化して来たぞ」

 次の日、執務室の自席で、学園長は重い溜め息を吐き出していた。
「ナツキ、眉間に皺、寄ってはるえ」
 密かに昨夜の事を揶揄する言葉にナツキは、んん、と言葉を詰まらせると、素知らぬ顔で眉間をこつこつと叩いた。
 学園長になってから、少しはポーカーフェイスが上手くなったみたいやわ。――口には出さずにそう思いながら、シズルは紅茶に口を付ける。
「まあ、こうなったら、成り行きに任せるしかありませんやろ」
「ああ。かと言って、付け焼き刃で勝てる程ニナは甘くないし。次の一手を考えないとな」
 努めて神妙な表情でそう言うナツキを横目で見て楽しみながら、シズルはもう一つの懸念を提訴する。
「せやね。生徒さん達もこの件を知って騒ぎ出したはるみたいやし」
「はあ」
 また頭痛の種が増えたと表情を曇らせるナツキの目の前に飲みかけの紅茶を置いて、つい、と顔を寄せる。
「それなら、やっぱりうちがナツキの眉間の皺、消してあげましょか?」
 そう言って机越しに唇を近付けるシズル。
「ば、馬鹿! 何をする気だ! 今は仕事中だ!」
 今度こそ真っ赤に顔を染めてポーカーフェイスを完全に崩れさせたナツキに、シズルはころころとおかしそうに笑った。


fin.





あとがき

★出掛ける用事があったので、電車の中で、PDAでこんなん書いてました(笑)流石にえっちなシーンは電車の中なんぞでは書けませんが、序盤あたりをピコピコと。

★ちなみにTV本編の第3話の二人の会話から、ですね。「ナツキ、眉間に皺、寄ってはるえ」ってのをベッドの中で呟いたら、なんかえろいなあ、と思って(笑)

★ちなみに言い訳。静留さんには二人っきりとは言え素っ裸で歩いて欲しくないですが、シズルさんならやりかねないなあと、ああいう演出(?)に。あと、進藤さんが乙のシズルは愛する人の近くにいる事が出来て綺麗になった、とおっしゃっていたので、そういう愛されている自信? みたいなものを持ってるのかなあ、と思って。
★まあ、そういう自信が持てる程にナツキに愛されていて欲しいな、という私も願望でもあります。

★あと、攻守交代(笑)ナツキに男らしい所を見せて欲しかったので、逆転させてみました(笑)でも翌日はヘタレ(笑)


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Saku Takano ::: Since September 2003