窓の外


 風の音が聞こえる。
 窓はきっちりと閉まっているのにその向こうの風の音が幾分くぐもって聞こえた。窓を開けたならさぞかし身の切れるような風が飛び込んで来るに違いない。それも悪くはない、そう思ったが、手を伸ばす前に、やめた。馬鹿げている。この真冬の最中、大した意味も理由もなくそんな事をするなんて、馬鹿だ。
 溜め息を吐(つ)くとそこだけ窓が白く濁った。白濁した部分に爪の尖で触れると、指先は触れていないのに射すような冷気が伝わって来た。思い切って掌で窓をしごいてみようかと思ったが、それもやめた。ただ手が濡れて冷たい思いをするだけだ。結果なんて分かってる。分かり切っているから、しない。それだけだ。
 分かってる。
 それなのに、足が竦むような気持ちになるのは何故だ。

「そんな所に立ってると寒いやろ?」

 聞き慣れた――否、聞き慣れていた筈の声が彼女の定位置から聞こえた。生徒会室の正面の会長席。少し声が掠れているような気がする。目を瞬く程の時間を経て振り返ると、以前と変わらない笑みを浮かべた静留がいて、なつきは短く、いや別にとだけ答えた。
 本当は随分と寒かったが、どうでも良かった。こんな身体など凍えてしまえとも思うのに窓という境界線越しに温かな部屋に立ってちょっと訳知り顔でこちらから向こうを眺めているしか出来ない自分はやはり臆病者なのだろう。分かり切っているからなどともっともらしい言い訳をして子供みたいに立ち竦んでいる。そのくせやっぱり強がるしか出来ない。
「お前の仕事は終わったのか?」
 そう声を掛けると、手元に視線を落とした彼女がパラパラと紙の束を指先で弄んだ。以前は綺麗に切り揃えられていた爪が今は不揃いのまま鑢(やすり)で体裁を整えられているのが見えた。思わずそこから視線を逸らす。
「仕事いうても大したものはあらへんし、なんや教室やら寮におっても居心地悪い気ぃがして、生徒会室におるだけやさかい」
「……そうか」
「なつきは? なんや用があったんやないの?」
 互いに視線を合わせずに言う。
「用って程でもない。ただ癖みたいなものだ」
「……前はよおここに来てはったもんな」
 静留が脇によけられた白いノートパソコンをコツコツと指先で叩いた。途端に互いに無言になる。蟠った空気がねっとりと絡みついて来るような気がした。
 先に音を上げたのはやはりなつきの方だった。
「祭が終わって……周りの時間は動いているのに、自分の時計だけが止まったみたいなんだ。舞衣も奈緒も……他の奴らだって皆それなりに前を向いているのに、わたしだけどうしていいか分からない。……そんな気がするんだ。だからここへ来れば何か思い出せるかと思った」
「……思い出す?」
 つい、と静留が視線を上げた。
 漸く静留と目が合う。
「ああ」
 じっと彼女を凝視した。
 まるで攻撃するかのような射る視線にも彼女は動じない。――否、動じないのではない、耐えているのだろう。脅えているようだ。佇まいは以前と変わらないのに、かつて彼女が纏っていた精彩が酷く霞んで見えた。
「――でも、やっぱり何も変わらない。過去は……過去だな」
「かんに――」
 まるで人形が呟くような酷く無機質な彼女の言葉を遮る。
「謝って欲しいんじゃない。お前に非があるとは思わないし、わたしにだって非はある。あれ程一緒にいたのに、お前の気持ちに気付いてやれなくて――――自分が嫌になる」
「あんたが自分を嫌う理由なんてひとつもない。悪いのはうちや。うちが――、」
 珍しく静留が言葉に詰まった。言葉を飲み込み、視線を逸らす。
「うちがあんたを、好きになってしもたから……」
 ぐしゃりと紙のひしゃげる音がした。沈黙の中で、パリパリ言う紙の音と彼女の微かな息遣いが分かる。
「お前の所為じゃない。お前の所為じゃないんだ。静留」
 近寄って正面を避けて隣へと回り込み、自分が躊躇ってしまう前に彼女の手を握った。生徒会室には暖房が効いているのだというのに、酷く冷たい手だった。緊張していたのだろう。自分が突然こんな所へ来た所為だ、それくらは分かる。彼女は自分を責めている。責めて責めて、それでもまだ責めずにはいられないのだろう。
「――あまり自分を責めるな」
 そんな事しか言えない。
 馬鹿だ。
 互いに手の温度が分からず混じり合うような感覚を覚える程冷えきっている所為で無機質な感じがした。彼女を温めたくても自分の手はこんなにも冷たくて何の役も立たない。せめて握り返して来てくれたらいい、そんな善がった思いすら湧いてくる。強く握っても彼女の手はぴくりとも動かない。
 どうしていいか分からなくなった。
 以前なら――、あんな事が起こる前だったら、冗談めかして彼女の方から手を握って来た筈だ。でも今はそうじゃない。自分で言った通りだ。過去は過去だ。
「静留」
 手を握ったまま呟いた。彼女の横顔の、睫毛が揺れた。でもそれだけだった。
「静留、こっちを向いてくれ」
 そう言うと、声をすら避けるようにゆっくりと顔を背けた。でも手は逃げなかった。
「静留」
 どうしていいか分からない。せめてこちらを向いて欲しいのに、それすらして貰えなくて情けなくなる。
「頼む」
 声が掠れた。
 本当にこんな時どうしていいか分からなくなる。分からないから、無理強いをしてしまう。――子供の時からそうなのだ。母を亡くし父に裏切られた事を言い訳にして誰でも簡単に傷つけて来た。否、傷つけるという自覚すらなかった。自分の殻に閉じこもるのに精一杯で、どれだけ相手を傷つけているかなんて分かろうともしなかった。
 静留の手を離し、その手を彼女の左の頬に回した。ぐいと引き寄せようとした瞬間に彼女の身体が強ばるのを感じたから咄嗟に手に力を込めた。そのまま顔に顔を近づけた。
「何を――」
 言い掛けて彼女が歯を食いしばる。
 尚力を込め、精一杯逃げる顔を押さえた。覆い被さるように上体を彼女へと押し付け腕に力を込めた。唇を近付ける。腕力はこちらに分があると思っていたのに流石に必死に抵抗されると、易々とは敵わない。もどかしくなる。意固地になって、鎖骨辺りを必死になって押しのけていた彼女の右腕を力づくで退かした。その時どちらかの身体が机に当たったようで、ガシャと大きな音がした。重量感のあるそれは、きっとノートパソコンだろう。そんな事はどうでも良かった。
 手首をがっちりと掴まれ、抵抗する術を封じられた彼女の力があっけない程するりと抜けた。馬鹿みたいに無様に唇を押し付ける。
 何がしたかった訳じゃない。ただ、彼女との距離がこんな風に空いたままでいるのに耐えられなかっただけだ。言葉を交している振りをしてその癖どこにも触れ合わない。見る振りをして、見られたら視線を逸らし、なんでもない振りばかりしてやり過ごして。寒いかと聞かれても強がる振りをして。寒いと言えば良かった。――こんな筈じゃなかった。そう思うのに、何一つ上手く振る舞えなくて。いつも後悔ばかりしてる。――今も。
 互いに震えているのが分かった。繋がった手からではなく、これでもかという程に意識の集中していた唇からそれが分かる。
 ――あの時とは違うと思った。あの時交したキスは、あの時も一方的だったにせよ、こんなものじゃなかった。あの時は彼女を守りたいと思った。自分でなければ彼女は守れないとさえ思った。静留を守りたかった。彼女を責めるすべての存在から。
 でも今は違う。こんな風に意固地になって彼女を辱めて、それでもまだどうしていいか分からなくて。
 怖々と唇を離した。何かが変わるような、何も変わらないような気がした。彼女が一つの答えを提示してくれる幻想を抱いた。
「どないして、こんなん……」
 抑揚もなく、掠れた声で彼女が言った。まるで疲れ果てたような声だった。
 その質問に答える術を持たなかった。なつきはただ未練たらしく彼女の顔から5センチと顔を離さずその位置で留まり、大きく息を吐き出した。このまま離れてしまうのが恐かった。
「うち……分からんわ、あんたの事が……。こないな事して…………。なんでや、なつき」
 雨樋からぼたぼたと滴が落ちるような声だった。
「うちに同情し――、」
「同情なんかじゃない」
「せやけ、」
「同情じゃない!」
 八つ当たりするように大声を上げた。否、大声のつもりで大した声ではなかった。声も気持ちも掠れる。
「同情なんかじゃないんだ。そんなんじゃなくて……恐いんだ」
「――恐いて、うちが?」
 ぼたりと声が落ちる。
 はっとして顔を上げると、中空を見つめたまま口を引き結んで涙を堪えている静留の顔があった。肩が震え始める。なつきは静留を抱き寄せ顔を刷り寄せた。彼女の耳が頬に当たる。かじかんだ手とは違い、熱を持っていた。酷く熱い。はたと気付いて少し顔を離して見ると頬までが酷く赤かった。手は堪えるように硬い拳を作りうち震えている。脅えていた。瞬間にそれが分かる。腕に力を込めた。
「お前の事じゃない。このままでいるのが、嫌なんだ」
「あんたがう、うちを恐がるのも、わ、分かる。けど、うちかてどう……したら、ええ、ええんか分からん……」
「違う! お前の事は少しも恐くなんかない。同情でもない。ただこのままでいるのが嫌なんだ……!」
「この、ままて……?」
「お前に――好きでいて欲しい、わたしを」
「せやけど、」
「あの時――――――――、みたいにしてくれ」
 静留の身体が壊れたロボットのように大きく震えた。
「な、何の事……なん?」
「あの夜、わたしに、したんだろ。その……………………そういう事、を」
 今度は震える代わりにぐっと身体を引く彼女。酷く顔を赤らめて叱られるのを恐れる子供のように縮こまる。
「し、…………し、……、て、……したけど、……。せや、けど。そん……」
 思わず逃げる身体を縋るように追って抱いた。静留の言葉がくぐもって聞こえた。キャスター付きの椅子がギシ、と鳴く。脳天が痺れるような感覚がして祈るような気持ちで声を絞り出した。
「頼む……。同情じゃない。お前のしたいようにしてくれて、いい」
 気持ちが疼くようだ。何を言っているのか、場違いで馬鹿げている事もきっと独り善がりだって事も分かってはいたが、後に引けなかった。否、違う。後に引けない気持ちもあるが、それ以上に彼女を欲する自分がいた。彼女と触れ合っている箇所に熱が篭る。頬も手も胸も、何より直に触れ合った膝がそれを欲していた。彼女に触れるだけで、身体が熱くなっていく。奇妙な感覚だった。
 いつから自分はこんな風に変わったのだろうと、瞬間にそんな事を思った。性欲がないとは言わないが、正直な所良く分からなかった筈なのに、こうしているだけで堪らない気持ちになった。
 同情ではない。
「――同情じゃないなら、何?」
 震える手が抵抗した。身体を押し退けようと精一杯押し返されるが、それを許さない。決して逃がさなかった。本気で脅える彼女を見たのは二度目だった。
「好きで、いて欲しい。――だから、」
 一度目は、あの夜の次の日の事。
「だから、何?」
 あの日の彼女は、最愛の人の手によって、縋るべき寄る辺を断ち切られた。
 それをしたのは他でもない自分だ。
「だから――、」
 言葉が出ないまま俯いた。子供のように大事なおもちゃは手放すまいと、その手だけは緩めない。
 二度と手放したくはない。
「お前の望むわたしになりたい。お前がわたしを好きでいてくれるように、」
「そんなんやっぱり、同情やないの」
 彼女の声も震えていた。突き放したい突き放されたくない。そう思う気持ちが痛い程に分かる。
「違う。――――、」
 違うのに、言葉に出せなかった。こんなにも想っているのに、どうして想いは伝わらないのかとじれったくなる。ぐ、と襟元を掴まれた。彼女の手が震えている。震える彼女がゆっくりと顔を上げた。
 熱のこもった彼女の頬が愛おしくて、どうしようもなくなって酷く――――
 酷く、子供染みた表情を浮かべた。
 あっと思った。
 不意に唇を奪われた。
 気付いた時には舌までが口の中に飛び込んで来ていて、それと同時にぐい、と頭を掻き抱かれた。どうしていいか分からずに、兎に角二人して椅子からずり落ちてしまうのを堪える為に、彼女の座る椅子の肘掛けに両手を突いて突っ張った。彼女が頭を引き寄せる所為で二人分の体重が腕に伸し掛かる。それでもこのまま頽れる訳には行かないと、両腕に力を込めるしかなかったが、妙に興奮した。
 漸く彼女が頭の拘束を解き、唇を離して言った。唇は僅かにしか離れていない。彼女の話す堪えるような掠れて湿気を含んだ声音にすらぞくぞくした。
「あんたがあかんのや。あんな……顔しはるから。――――好きや、なつき」
 ――それはこっちの台詞だと思った。
 彼女の泣きそうな顔に、こちらまで泣きそうになった。
 良く分からないなりにもう一度キスをしようと顎を傾けると、先程とは違い怖々と触れるようなキスを返して来たので、その唇を掴まえようと唇を追った。こちらが追うと逃げるので、やはり意固地になって追う。
 仕方なしに矛先を変えて無防備に晒されていた耳に唇を寄せた。雪の日のようにそれは赤く熱く、舌を這わせるとくんにゃりとして不思議な感覚がした。熱の篭ったそれが妙に愛おしく感ぜられて、なんだか甘い気がした。
「……どこでそんなん、覚えたん……?」
 耳を手で覆って唇を離させると、彼女はそのまま頬を包んで唇を導いてキスをした。手慣れた仕種に、こちらが赤面してしまう。
「……多分、こんな感じかなと思って」
 そう正直に呟くと、彼女がくすりと笑った。
「それより腕が痛い。限界だ」
「……堪忍」
「いいよ。……どうしたらいい?」
「そしたら、椅子から降りよ」
 彼女の言葉に従い、一旦身体を離して、彼女が床に尻をつけたのに習って膝を着いた。どうでもいい事だがただ床に腰を下ろすだけの事なのに、こんな時だからか、膝を八の字に折り曲げてぺたんと座るちょっと子供っぽく見える彼女の仕種にどぎまぎした。思わずその辺りから視線を逸らした。
「……どこ見てたん? なつきのエッチ」
「はあ? たまたま視界に入ったんだ!」
「これからエッチすんのに、そんなんで大丈夫なん?」
 煽るようにほんの少しだけ膝が開かれる。何もそんな事で劣情を抱いたのでもないが、馬鹿みたいにまんまと乗せられて反射的にごくりと生唾を飲んだ。
「……あ、あんまり、か、からかうなよ」
「……堪忍」
 そう言って静留が両手をついてそろりと身体を寄せて来た。それだけの事で心拍数が上がった。出来る事なら今から逃げ出したいとさえ思ったが、もう一度生唾を嚥下して堪えた。
 彼女にゆっくりと覆い被さられながら、照れを誤魔化すように呟いた。
「お前のその言い方……好きだ」
「……かんにん、て?」
「――うん」
「堪忍」
「……ばか」
 流石に床に寝転ぶのは躊躇われたので、壁を背にして凭れ掛かる。そのまま首筋を舐め上げられた。不思議な感覚がした。静留の舌の感触も、二人でこうしているという事実にも。意識がふわりと浮かび上がるような気がして、ぎゅっと両目を閉じた。そうすると彼女の舌の感触がより艶めかしく感ぜられて、皮膚よりも奥深くを舐められているような錯覚に陥った。その舌の持ち主が本当に静留である事を確かめたくて目を開くと、彼女の頭と白い制服が視界に入って来て安堵した。
 その頭を抱いた。
 彼女が舌を這わせるのに合わせて、顎を左右に向ける。快感というより安心感の方が大きい。事を急く事のない彼女の手付きがそう感じさせるのか、それとも――――しかし他の答えが何も浮かばぬ内に、手が服の中に忍び込んで来た事で思考が一転した。あっと思った時にはブラのホックが外されて、下着の圧迫感が消えていた。胸の頭頂部をいじる感触にかあっと頭が熱くなる。
「っ、」
 驚きから声にならない声を上げると、目が合った途端嬉しそうな顔でキスをされた。舌が口内を這い回り、指先で胸をいじられる。羞恥心で逃げ出したい気分だったが、口を塞がれる直前に見た静留の笑顔を思い出し、言いようもない興奮が身体の奥から沸き上がった。思わず静留の制服の襟元を掴む。生まれて初めて他人に乳房を揉まれる感覚と執拗に舐られる感覚とに、身体があっさりと快感を覚えて行く。
 息が上がるのを堪え、涙を堪えるように浅く呼吸を繰り返す。
 静留はそれを察して、すべてを見透かしたかのように下へ下へと手を伸ばした。浅く開いていた脚の付け根に手を滑り込ませると下着の上から触れた。――濡れている。
「……なつき……」
「静……っ」
 柔らかくて、熱い。
 熱の篭った柔らかな感触に眩暈を起こしそうになり、静留はなつきの胸元に顔を埋めた。優しく撫でるだけで驚いてビクビクと身体を震わせるなつきが愛おしい。
「だ、……駄目……だっ!」
 思わずなつきは身体を引いて逃れようとするが後ろは壁で勿論逃れられない。静留はその間に更に強く指を押し付けた。ぐにゃりと動く指の感触に、堪らずなつきが声を上げる。
「やだっ」
 甲高く発された自らの声に羞恥心を感じたまさにその瞬間、ぐにゅぐにゅと指を動かされて、引き付けを起こしたような悲鳴しか出なくなる。
「ひっ、んっ、んんっ、」
「もう感じてはるん?」
 そう囁く声にまで身体が反応してしまう。逃れたいのに逃れられなくて、もっと触って欲しい、そう思った瞬間ぞくりと震えて軽く達してしまったらしい。股間に真綿に包まれたような快感が残っていた。何が起こったかを理解し、なつきは興奮ではない理由で顔を赤らめた。
 弛緩してまなじりに涙を浮かべ、顔を背けて浅い呼吸を繰り返すなつきの姿に、静留の秘所が疼き出した。
「……あかんよ。まだイかんといて?」
 囁き声にふるふると首を振る。それが却って静留を刺激した。
 静留は制服のジャケットを脱がせると、それを椅子の上に無造作に置き、パーカーと下に来ていたキャミソールに手を掻けた。胸の上まで捲り上げた時になつきが抵抗を見せた。
「やだっ、」
 流石に校内で人の居残っている時間ではないにせよ、上着を脱ぎ去る事は嫌だとみえて、速い呼吸を繰り返しながら頑なに拒否する。
「誰も来ぉへん」
 そう言っても、首を振るのをやめない。
「ほなスカートだけでも。汚れますえ」
 そう言うと、一瞬驚いたような表情を見せ、ドアの方を気にして渋々頷いた。静留に指示されるままに少し腰を浮かせる。静留はスカートを抜き取るとなつきの下着姿にうっとりと目を細めた。そのまま唇を寄せたい衝動を堪える。より一層疼きが酷くなった。
「……あまり、見る……なよ」
 恥ずかしげに呟く声もまるで媚薬のようだ。濃紺の豪奢なショーツ包まれて羞恥に身体をくねらせる様は、どうしたって優しく虐めてやりたい衝動に駆らされてしまう。
「なつきがあんまり可愛えんやもん」
 そう言って、隠そうとする腕の隙間からブラを押し上げ、桃色の小さな突起を口に含む。まるで小さな果実のようだ。
「――ん、」
 上着を脱がすのを諦めたのに安堵したのか、直ぐにとろんと表情を緩ませる。舌で執拗に舐め回すと、びくびくと身体が震えた。
「んっ、静……留ぁ、んあっん、ん、」
 舌の動きに合わせて、快感に堪えられずに身体をくねらせる。
 静留が汗ばむ身体に上着を脱ぎつつ、酸素をなくして喘ぐなつきに顔を寄せると、なつき自らが欲して唇に吸い付いて来た。どちらのものか分からない唾液がなつきの口から溢れ出す。それを舐め取りながら唾液に濡れた乳首をいじってやると、口付けしているのも忘れびくびくと身体を震わせた。
 そしてその間に静留は自らのシャツの第二ボタンまでを開け、僅かな涼を得る。リボンが床に落ち唇を離して耳を舐る。
「ひやん、いっ、ん、くぅん、」
 子犬の鳴くような声に、今度は耳の奥まで舌を差し込む。
「やっ、いい……!」
 静留はしがみついてくるなつきの手を解いて身体を下にずらすと、再びショーツに手を掛けた。今度こそそれをずり下ろし脱がせてやると、ショーツに守られていたそこは潤みきっていた。
 静留はそこに細く長い指を、ゆっくりと割り込ませた――。


◆  ◆



「っくしゅん!」
「っくしょい!」
 二人して同時にくしゃみをして顔を見合わせた。
「お前、受験生のくせに、こ……こんな事で風邪引くなよ」
「言い出したのはなつきやないの」
「う……うるさい!」
 静留が生徒会室に鍵を掛けて、なつきの腕にするりと腕を絡ませる。なつきはきょときょとと辺りを見回して誰もいない事が分かってから口を開いた。
「お前、そういうのは周りを確認してからにしてくれ。お前の取り巻きたちに恨まれちゃ、恐くて敵わんからな」
「ええやない。うちが好きなのはなつきだけどす」
「お前なあ……」
 なつきがそう溢すと、どちらからともなくくすくすと笑い始める。
 廊下を歩きながら窓の外を見やると、風が止んでいた。もうあちらとこちらではない。隣を見上げると、静留が嬉しそうに笑っていた。



END





あとがき

★えらい投げっぱで、正直スマンです。あっはっは。ド根性が続きませんでした。
★いや何って、ナニのシーンですよ。根性なしで済みませんorz

★それにしても私の大嫌いな「なし崩しに身体の関係を結ぶ」というのをやってみました。うん。書いてみたかったんだ。(オイ)
★いや、ホントは嫌いなんです、こういう話って。なし崩しに身体の関係を結ぶってずるい見本のような気がして、静なつではそういう話はやらないつもりだったんですけど、思いついちゃったからねえ。書きたくなっちゃったからねえ。
★まあ、私っていう人間はそういういい加減な人間なんですよ。てへ!(てへじゃねえ!)


Waterfall top
Saku Takano ::: Since September 2003