18th December


 背後にある壁掛け時計の代わりに、手元にある携帯電話を引き寄せて時刻を確かめる。23:56。
 パリチとフリップを閉じて、ローテーブルの上に広げた課題から目を上げ一息つく。手を組んでぐいっと背筋を伸ばした。
「おい、静留、お茶の御代わり飲むか?」
 キッチンカウンターの奥からリビングの方を覗き込んだ袢纏(はんてん)姿のなつきが、急須を手に声を掛けてきた。燕脂に小花模様のその袢纏は冬を前に静留が実家から持って来たものだが、適当に羽織りやすいせいか、最近は専らなつき専用になってしまっている。
「うち、煎れましょか?」
「いいよ。煎れてやる」
 そう言うとなつきは電気ポットの方へぱたぱたとスリッパを鳴らして消えた。昔は静留に任せっきりだった水仕事も、近頃はよくするようになった。急須がどこにあるか分からなかった頃が懐かしい。ただ、出したら出しっぱなしの癖はいつになっても直らず、出がらした茶葉が入ったままの急須はいつもそのままだったが。
「ほら」
「おおきに」
 なつきは静留に湯飲みを手渡すと、静留と隣り合うテーブルの角に腰を下ろし、静留はなつき手ずから煎れてくれたお茶を飲んだ。机にかじり付くように課題に向かっていた身体に熱いお茶が流れ込み、気持ちが良い。
「おいし」
「そうか?」
 猫舌のなつきはまだ一口も飲んでおらず、ふうふうと湯飲みに息を吹きかけている。
 以前はよくコーヒーを好んで口にしていたなつきだが、近頃は緑茶もよく飲むようになった。一人で味気ないインスタントコーヒーを飲むよりは、二人で緑茶を飲む方がいいらしい。
 ようやくなつきが、ズズズっと上辺のやや冷めたあたりをすすった。それでもやっぱり熱かったらしく、唇と目を細めて小さく呻いた。
「面白かった?」
「あ?」
「読んではった本」
「ああ――。まあな。それなりに」
 そうは言いつつ随分と長い間休憩もとらずに熱心に読んでいたから面白かったのだろう。なつきが寝そべっていたソファーには、読みかけの文庫本が八割方読まれたあたりで開かれたまま伏せられていた。
「それ、出来そうか?」
「課題?」
「うん」
「ぼちぼちな。退屈?」
「いや、いいけど」
 湯飲みの中に視線を落として、ぱちぱちと目をしばたくなつき。
「なに?」
「いや――」
 ずずず、とまた一口飲んだ。
「提出期限っていつだ?」
「……来週の火曜やけど……。ほんまになに?」
 今度は返事もない。何やら思案しているようだったが。
「なつ――」
 その時なつきが首を振って、静留の背後の壁の掛け時計を見上げた。
「12時過ぎたな」
「え?」
 もそりとなつきが身を寄せて来る。床に手をついてにじり寄って来たのでやや視線が低い。見上げるようにして、そして顔をこちらに近づけて来る。顔を傾けて、ちゅっと音がするような可愛らしいキスをしてきたかと思うと、腕を首に巻き付けられキスが深くなった。
 ――熱い。
 絡みつく舌は互いに緑茶を飲んでいたせいで熱く、お茶の味がした。
 ひとしきりキスを交すと、唇が離れた。でも鼻が触れ合う程の距離のまま離れない。
 首に触れるなつきの腕も熱かった。
 いたずらをする子供のようになつきが笑った。
「誕生日、おめでとう」
 あっと思った。
 今日は12月18日――否、もう19日か。
「課題、まだ平気だろ?」
 そう言うと、なつきは猫のようなしなやかさでするりと袢纏を脱いだ。



END





あとがき

★先日のオンリーで出した本のタイトルが「19th December」で誕生日当日のお話だったので、今回は前日のお話。……といっても、時系列も全く別の時ですし、全く繋がっていませんが。(19thは高校生の時。今回の18thは……もっと後のお話)

★突然ですが、私、静留さんってきっと割烹着が似合うと思うんですよ! だったら袢纏だって着こなしてしまう筈! というワケでなんとなく袢纏を出してみたんですが(笑)。
★でもなつきとかってズボラな部分もあるから、部屋着で羽織るのって袢纏があったら袢纏とか着そう。なんかよくね? 静留さんの袢纏を自分のもののように着ちゃうなつきって?
★きっと静留さんの袢纏は静留さんのにおいがするんだろうなあ……いいなあ、なつき。(おい)


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