dear my little girl


Written by 麻鞍ミナト様


 小さくなっても彼女は彼女。
 本当に幼くなってしまったわけではないのだと頭では理解していても、つい手助けをしたくなってしまうのは、その仕草の愛くるしさのなせる技に他ならない。
 ボタンをはずす指先も、実際は危なげなどあろうはずもないのに、どこかたどたどしく見えてしまうのが不思議だった。
「なんかさ、惜しい気もするよねー」
 無造作にシャツの前などを半分はだけたまましみじみと、小さくなってしまった自分の手のひらをまじまじ見つめてまこちゃんが言う声は、この一日ですっかりと聞き慣れてしまった舌足らずさ。
「このまま小学校からやり直せないかなぁ」
 そしたら100点満点連発間違いナシだよ、なんて言って笑ってみせる無邪気さに。
「そんなに待っていられないわ」
 冗談めかして応えてみせたら、存外、真剣な表情が振り返った。
「そうだね。」
 ふわりと微笑みに緩む様子は、やっぱりいつもの彼女。
 こんなことだけでどきどきしてしまうのは、結局いつもの私、だ。
 ちょこんという体で立つ彼女の目線まで掛けていたベッドから降りて、無防備なパジャマのボタンをひとつずつ確かめる。
「さあ、子どもはもう寝ましょうね」
「えーっ」
 彼女はこんなに、いつもの仕草。はぐらかしの言葉にふくらませた頬があんまりにも可愛くてついつい笑みがこぼれてしまう。
「早く眠って」
──帰ってきてね?
 襟元のボタンを最後に留めてあげながらささやかに囁けば、幼かったはずの指先が不意に頬に触れた。
 ちょっと驚いてしまって、上げた目線。目前に、いつも通り穏やかな彩の瞳。
 ひきこまれそうな錯覚に言葉を失い、刹那、誘われるまま小さな身体に抱きとめられてしまっている。
 もともとそう低くはない彼女の体温だったけれど、今夜はいつもよりもうひとつ暖かい気がする。
 しっかりと抱き寄せられても普段より、きもち自分のものにしたままの重心を、彼女には見透かされてしまっているだろうか。
 ただ、ぎゅっと廻された腕のくれる安心感は、小さくたってちっとも──いつもとなにひとつ変わりはしないのに。

「‥‥あー」
 ひとときに陥りかけてふやけきっていた私の耳許へ、唐突にぽかんと抜けた声が届いて。優しくて悪戯な包容から私は我に返る。
「あたし、今夜、元に戻るんだよね?」
「え、ええ。おそらくは──」
 彼女が薬を服用した昨夜の時間が今一つはっきりしなかったので正確なところは判らないのだけれど、さきほど計算してみた限りでは、夜半過ぎには元通りのまこちゃんに戻れるはずだ。
「じゃあさ、服、このままじゃまずいよ」
 あ。
「そ、そうね」
「だよね?」
──責任とって、一晩つきあってよ?
 深刻なまなざしから一転、この上なく楽しげに囁いてみせるのは、やはりいつもの彼女だった。


 小さくなる、なんて聞いたらさ。
 気になるもんだろ? やっぱり。
 それに、あれだけの騒動に一日巻き込まれた立場からしてみれば、ほら。
 ‥‥ちょっとだけ、とか思っちゃったワケで。


 彼女が眠りに誘われはじめたのは、もう午前二時を回っていた頃だったと思う。この時間の時計ってなんとなく怖いから、よくは見なかったんだけど。
 小さくなったあたしを心配してか、抱えるように添って眠ってくれていた彼女の腕の中で、元の質量をすっかり取り戻したあたしは、いまさらながら居心地の良い思いをさせていただいちゃったもんだと、ねぼけまなこでしみじみと感じ入っていた。
 彼女──亜美ちゃんは、今日一日ずいぶん気を張っていたみたいで、あたしがほんのちょっとでも動こうものならそのたびに無理をして目を覚ましてしまうのだ。
 なのにあたしときたら、添い寝のあんまりの心地よさにいつの間にかうつらうつらと寝入り、そのうち何時間かは夢も見ないくらい、ぐっすり眠りこけていたんじゃないかと思う。
 慣れたパジャマがだぼだぼと身に纏わるのが可笑しくてはしゃぎあった眠る前のひと騒ぎこそ楽しかったけれど、こんな時間になってしまうとさすがに見かねてしまう。
 元の大きさに戻った身体でしっかり彼女をつかまえる。
──やっぱりこうしてる方が落ち着くかな。
 わざと耳許に呟くと、彼女は困ったように微笑った。
「もう、起きてなくても大丈夫だって」
「ええ」
 やわらかに頷く瞳はそれでも睡魔に抗おうとする。眠っているようでいてもしっかり起きていて、こちらを窺う。
 回した腕でいつものように華奢な背を撫でてあげながら、あたしは困った。
「あついかい?」
「ん‥‥」
 首を振ろうとしたのだろう、やわらかな髪が首もとをくすぐった。甘い、汗の匂いが目前にくるくると舞う。
 彼女の実にささやかな『だいじょうぶ』は掠れて消えかけていたけれど、きちんと肌から伝わっている。
 暑い?
 ‥‥熱い?
 指の先で悦楽にしっとり湿らせた柔肌をなぞって、彼女をしっかり確かめる。
 くすぐったげに震わせた肩にそっと唇を寄せれば、頬に彼女のキスが触れた。
 汗に湿った前髪をそっとかき上げてくれる華奢な指。
 澄んだ色の瞳が伏せられるのを見計らって、深く唇を重ねる。吐息を舌先で絡め、やわらかな口内を思うまま探る。
 何を気遣ったか、逃れようとする彼女の髪に指を沈めてつかまえる。
──まだ離してあげないから。
 キスの合間に囁いたら、さっきから軽く握られてた彼女の右手に僅かに緊張がこもった。
 髪を撫でると馴染む感触。なんだか子猫を抱いてるみたいだなとか思う。
「‥‥亜美ちゃん、ねこみたいだよ」
 そういってあたしが笑っても、彼女は表情を変えないままで。
 でもどうやらさすがに相当、眠かったらしい。
「私が猫なら‥‥‥まこちゃんは‥‥‥‥‥あらいぐまね」
「えっ、あ、アライグマ?」
「ええ」
 確固と頷く亜美ちゃんに、いけないとは思いつつ、つい問いかけてしまう。
「なんでまた?」
「サイズ」
 珍しく単語で回答が返る。カタコト故に明瞭な返答。でも声は‥‥ともすれば欠伸がほろりと零れてしまいそうなくらいなくせに。
「サイズ?」
「ええ、私を猫に見立てたとき、の、サイズ比から‥‥換算すると‥‥」
 さっきから、おぼつかない口調の割に妙に冷静な解説。論理的には‥‥さて、どうだろう。
 説得力のなさの原因は、眠さと戦っているせいだけではなかったのだけれど、幸い、彼女はまだ気づいてない。
「亜美ちゃん、亜美ちゃん」
「なあに?」
「寝た方がいいよ‥‥」
「‥‥‥‥そう、ね‥‥」
 彼女はようやく眠りに全てを委ねたようだった。ことん、と途切れた糸が見えるくらいそれはそれは、見事に。
   一旦、寝息が眠りのリズムに落ち着いてしまえば、ちょっとやそっとのことでは起きだす様子もない。
 馴染みのサイズの手のひらで優しい頬にそおっと触れてみても、もう身じろぎひとつしないほど、深い眠りに陥る彼女。
 夜半まで寝つけないほど心配してくれてたであろう彼女に、申し訳ない気持ちが先にたったものの‥‥ 先にあたしひとりで寝こけちゃうなんて、もったいないことしたかもなぁ。なーんて言っちゃったら、さすがに不謹慎だよね。
 ‥‥というか実はもう、もっと不謹慎な事態が起こりはじめていたのだけれど。
 夜明け前のほの蒼い月夜の照らす中で、間近に彼女の輪郭をじっくりと追う。ごそごそ動いてみても、もはや眠りの吐息に乱れる気配はない。
 ただ、あたしの見下ろすその寝姿は、いつも見慣れた彼女と少し違っている。
 実は昨日、亜美ちゃんの見つけた例の細菌をちょろっと拝借して、夕食にひそませておいたのだ。
 悪戯のタネはちっともバレなかったようで、ここへきて確実に効果が現れだしている。
 さっき会話を交わした時点で既に、猫とアライグマどころか、子猫とツキノワグマくらいのサイズ比になってしまっていたのだ。
 起きたらどんな顔、するのかな。
 理智を眠らせた時の、ただでさえあどけない寝顔は、いまやすっかり幼さが際だって、きめの細かい肌に淡い髪の影が映ろう。
 白く白く透ける肌の色。縮んだ背丈の分、あがった体温。
 頬にかかる髪をそっとのけてあげたら、汗の湿っぽさが僅かに触れた。──うわあ。マシュマロみたいだよ‥‥。
 淡紅に色づく花びらみたいにふくらむくちびるは、いつものどこか艶めいたようなところがやわらかくうすれて、かえって健全な魅力を振りまく。‥‥あんまり見つめてるのも悪い気がして、つい視線を逸らしてしまうくらいに。
 いつも以上に繊細な腰を抱きよせたら、しどけなく長さの合わなくなった袖が腕のあたりにたるむ。
 袖口からほんの少しだけ覗く指先があたしのパジャマのあわせをぎゅっと握りしめてる様子なんかもう、ただただ愛らしくてしようがない。
 腕の中の彼女をもう一度、そおっと抱きなおす。
 すっかりサイズの合わなくなったいつものパジャマの襟ぐりの向こう、鎖骨が覗く。
 そこからつらなる、あいかわらずの華奢な肩を思って、触れたら震えてしまいそうな儚さに惹かれた。
 ひとさし指で触れ、なぞる。
 実際よりずっと大きく感じられる襟がすんなり背へ滑りなだらかな肩が露になっても飽き足らなくてそのまま辿る。
 日々水泳に親しむわりにちっとも陽に焼けない、羨ましいばかりの色白な腕の内側を親指で擦ると、くすぐったげに肘が震えた。
 そうして捉えた上腕にうっすらと、幼い頃受けたのだろう接種の痕が影になって見える。彼女のことだから、注射ごときで泣いたりはしなかっただろうか。
 触れてはいけないひみつを見つけだしてしまった気分で、うずうずと騒ぎたがる気分をできうる限り奥の方へと押し込むけれど。
 布越しにも感じられるほどに、幼い体温。
 無防備に眠りこける彼女の首すじへと、洗いになれたやわらかなパジャマの襟をそおっと流し戻して。
 恨めしく見下ろす間近の頬を試すようにつっついてみる。普段の彼女からは考えられないほどの肌の温み。
 ‥‥とてもじゃないけど、ちょっともう、眠れそうになかった。


-了- [ 2004.09.05 ]

Special thanks for...
Tsuki Atari



Comment by 嵩乃 朔 
★Tsuki Atariの麻鞍ミナトさんから、サイトの1周年記念に小説を頂いちゃいました〜。
★「oh! my little girl.」という2004年GWで発行した私の同人誌から、その続編というか合間というかのストーリーです。
★いや〜可愛いこと可愛いこと。どっちがって? そりゃ両方が! ちびまこもちび亜美も可愛い! 連れ去りたいくらいです。しかし亜美ちゃんとか連れ去ったらまこちゃんにボコボコに逆襲されそうで恐いですが…。
★相変わらず描写が素敵で可愛いです〜。さすがミナトさん! 本当にどうもありがとうございました〜。
(本当はサイト1周年記念とかではなく、その前からぼちぼちとお書き下さり、途中経過を拝見させて頂いてて、小ネタをリクエストさせて頂いた事は内緒。そして2パターンあって加筆修正されたR指定(笑)の方を独断でUPしたのも内緒)