この遊歩道(みち)が終わるまでに ―Makoto―


Written by 瑞穂様


真夜中に近い午後10時。
耳に受話器を当てた。
聞こえるコール音が早い鼓動の中で間延びする。
うわ言のように練習した嘘を唇が繰り返す。
コール音が声に切り替わった。
優しい声は心臓を大きく一跳ねさせるには十分だった。
「あ、あのさ…友達の事で相談があるんだけど…」
上ずった自分の声が耳に不安を煽る。
受話器のコードをクルクル絡ませる指は落ち着かない。
嘘がばれやしないか。
断られたらどうすれば良いのか。
焦る気持ちがそれ以上言葉を紡がせない。
なのに、返って来た返事は快い了承。
罪悪感の中ではっきりと安堵する自分を感じた。
「うん…じゃあ後で…」
電話を切って、大きく息を吐き出す。
もう後戻りは出来ないと思う。
スタートラインに立ったのは自分の意思。
立たせたのは堪えきれない想い。
すいと顔を上げて前を見る。
どんな結果が待っていても最後まで走り続ける。
それだけが本当だった。


風が波を凪いでは返す。
一秒が一時間に感じ、何度も腕の時計を見直す。
砂浜近くの遊歩道に見えた人影に思わず息を飲んだ。
心配する顔にちくりと胸が痛む。
他人事なのに自分の事のように考える優しさ。
直ぐ駆けつけてくれたのは『友達』だから?
口に出来ない疑問が頭を過ぎり、誤り無い事実に切なさが募った。
嘘に嘘を重ねて相談の振りをする。
心配な顔。
困った表情。
真剣に考える口元。
どれもが愛しくて、愛し過ぎて抱き締めたくなる。
ふと、前を見ると遊歩道が終わりを告げようとしていた。
伝えたい気持ちが進む足を鈍らせる。
『あなたが 好き』
どうしても言えないたった一言に喉が詰まった。


「そろそろ帰りましょうか?」
言って、帰路を示すから心が焦る。
引き止める事も、頷く事も出来ず、ただ波の音に身を任せる。
嘘から本当の気持ちに変える時間が来たと潮騒が静かに背中を押す。
それでも、口に出来ない時が織り成した想い。
星が一つ流れた。
合図だと自分を勇気づける。
止めた足が震えた。
立ち止まった気配に気づいて、振り返る影に膝から力が抜ける。
波が砂を濡らす音を掻き消すように鼓動が耳に響く。
ゆっくりと自分に誓う。
後悔はしない。
例え、悲しい結末が待っていても、他に好きな人がいるとしても。
この気持ちに後悔はしない。
くっと拳を握った。
真っ直ぐに瞳を重ねる。
その優しい笑顔だけを見つめる。
遊歩道が終わる前に震える唇を開く。
『あなたが 好き』
精一杯紡いだ言葉に、驚いた亜美の顔が優しく微笑んだ。


fin.




この遊歩道(みち)が終わるまでに ―Ami―


Written by 瑞穂様


一人静かな部屋。
デスクに飾った写真立てに目を向ける。
写っているのは、はにかんだ笑顔。
切なくなる笑顔に夜中という時間を忘れて思わず受話器を取った。
コール音が胸を早くする。
切り替わった声は、求めていた人の声で、泣きたくなる。
もう待てない。
そんな心の声が耳に届く優しさと交じり合う。
「あ、あの…相談があるの…」
初めてついた嘘に掌が受話器を強く握り締める。
たどたどしく紡いだ声は、一瞬の沈黙を酷く怖がった。
写真と同じ、優しい笑顔の返事に一度大きく胸が弾む。
同時に、胸が締め付けられる。
「え、ええ…じゃあ…」
頷くのが零れそうになる涙への精一杯の抵抗だった。
受話器を置くと、緊張が切れ頬を涙が伝う。
ただ、会いたかった。
言えない本当が自分を蔑む。
でも、もう一つの本当が自分が励ます。
秘める事を止めた想い。
欠片ほどの勇気に頬の透き通った水を拭う。
見えない結末へと歩き出した気持ちに涙は流れるのを止めた。


波を探る風は、穏やかで少し辛い。
はにかんだ笑顔を待つ時間は長く、なのにどこか心地良かった。
それは、束の間の夢。
名を呼ばれ、駆けて来る姿に静けさが彩を失う。
消えた波の音の代わりに自分の鼓動だけが海に響く。
心配する顔は『友達』だから?
今の真実に自嘲の笑みが零れた。
嘘を嘘で塗り潰し、無理な会話を続ける。
人が嘘を付くのは案外易いと初めて感じた。
なのに、心配する横顔。
悩む視線。
真面目な口調。
どれもが本気で、辛さを通り越して切なくなる。
騙しているというのに愛しさが込み上げる。
見つめ続けるのは切なくて、視線を前へと向けると遊歩道が終わりを
迎えようとしていた。
『あなたが 好き』
終わりを告げる時が迫ってもまだ言葉は胸に埋もれたままだった。


「そろそろ帰ろ。送るよ」
 言って、向けられた背に潮の音がすり抜けた。
小波がざわざわと胸の内で騒ぐ。
風が頬を撫で、誘われるように星の海を仰いだ。
一筋の流線。
瞬きの時間さえも惜しむ光の筋にそっと頬に触れる。
目尻から顎のラインを指で辿り、想いを馳せた足が止まった。
振り返った視線に体が震える。
崩れ落ちそうになる膝を内に秘めた波が叱咤する。
引いては返す鼓動の音が世界を遮断した。
伝えたい。
例え、自己満足と言われても、好きな人が他にいても。
もう隠し切れない。
佇んで待つその場所に一歩近づく。
顔を上げて瞳に写る自分に決意する。
はにかんだ笑顔にそっと瞳を閉じる。
遊歩道が終わる前に震える唇を開く。
『あなたが 好き』
空気に溶ける掠れた声をまことは静かに抱き締めた。


fin.

Special thanks for...
MOON CHILD



Comment by 嵩乃 朔 
★MOON CHILDの瑞穂さんからも、サイトの1周年記念に小説を頂いちゃいました〜。
★ぎゃ〜素敵なSS、ありがとうございます! ありがとうございます!
★元ネタは勿論久川綾の同名曲「この遊歩道(みち)が終わるまでに」。「遊歩道」と書いて「道」と読む! このセンスが久川っぽくていいですよね〜。あ、ちなみに作詞を久川さんご自身が担当されてて、作曲は楠瀬誠志郎。すごい。マジでいい曲ですよ。瑞穂さんのSSもそのいい雰囲気が出てて、いい感じっすよ〜〜〜〜vvv
★瑞穂さん、私がこの曲好きなのを知って、このSSを下さったですね〜。なんともすごくホント嬉しいです!
★で、私が瑞穂さんのSSを拝見させて頂いてびっくりしたのが、まこちゃんサイドのお話だったって事。久川の曲だから亜美ちゃんだと思うでしょ〜。でもセリフの言い方で、あ、まこちゃんか! と。お〜さすが木星人ですね〜。そう来るか〜。

★そして後日、なんと亜美ちゃんバージョンも頂いてしまいました! ひえ〜〜〜〜〜! 催促してないぞ、催促してませんとも!(笑)まさか亜美ちゃんバージョンまで頂けるとは思ってませんでしたよ!
★ありがとうございました!