太陽のベクトル


「ごめん、ごめん。返すのが遅くなっちゃって――」
「いいのよ、面白かった?」

 まことが差し出した本は、見覚えのある表紙の文庫本。以前、亜美がまことに貸したものだった。
「素敵な話だよね。おっもしろくてさ〜、あたし普段あんまり本なんて読まない方だけど、ぐいぐい読めちゃったよ」
 にこにこ顔で手渡された本は、亜美にしては珍しいライトファンタジーの恋愛小説で、恐らくまことならこういったストーリーの小説なら気に入ってくれるだろうと思って、3ヶ月程前に貸したものだ。レイの家で皆で集まって何気なくTVを見ていた時に、あらゆるジャンルの商品の売れ筋ランキングを紹介している番組があり、そこで2位か3位で紹介されていたものなのだが、簡単にストーリーが紹介され、何となく気になって帰り道に本屋で早速買ってみたのだった。
 最近は学術書に限らず、様々なジャンルの本に手を出していた。
 心境の変化――はもちろんあるのだろう。皆と――うさぎ、レイ、美奈子、まこと――彼女らと行動を共にするようになって、自分は変わった。周囲へ対するゆとりが出来、自分の気持ちの上でも物事をタイトに考え過ぎる癖が幾分抜け、……それでも「真面目過ぎる」自分がいるのは否めないのだけれど、それでもどこかいい方向へベクトルが向いていくのが分かる。
「……まこちゃんなら気に入ってくれると思ったわ。
 ――良かった。なんだか無理に押し付けちゃったら嫌だったから」
「押し付けるだなんて……。ホント面白かったんだから。
 主人公がさ、ホラ、色々あったけど最後はハッピーエンドになってさ。う〜ん、なんか……うまく言えないんだけどさ、気持ちがあったかくなる感じ? んとさ、だからさ、お勧めしてくれてホント良かったよ」
 相変わらずのにこにこ顔で、自分の感じた感想をつたない言葉で伝えようと一生懸命になるまこと。眉間にシワを寄せたり、苦笑してみたり、表情を変えながら、引き出しの中から言葉を探し出す。
「……う〜ん、ホント、上手く言えないんだよね。あたしってさ読書感想文とか苦手でさ、いいものはいい、面白くないものは面白くないっていう事しか、なんか書けないんだよ〜。んもう、色々感じた事はあるのにね。ダメだなあ。ははは……」
 頭に手をやり、照れたように苦笑する。
「ううん、まこちゃんがとっても気に入ってくれたっていう気持ちは伝わって来たもの。こちらこそ、――ありがとう」
 亜美は手渡された文庫本を胸に抱き、まことに向かって微笑んだ。――彼女と接していると、今だってこんな会話だけで気持ちが柔らかくなっていくのが分かる。まことの屈託のない笑顔が自分の中に満ちて、自然と笑顔が溢れ出てしまう。
「? どうして? ありがとうってのはこっちのセリフだよ――」
「うふふ、いいの。あ・り・が・と・う」
 ――こんな、ただ何気ない会話が嬉しい。
 まことへ向かうベクトルはいつでも上を向いている。ひまわりが太陽に惹かれてツンと上を向くように、亜美の笑顔もまことへと向かっていく。
 まことはきょとんとした顔でぽりぽりと頭を掻き、ふと亜美を見て、彼女がなんだかとてもにこにこしているので、その笑顔にちょっとしたドキドキ感を感じたりして満足する。そして、なんだかはぐらかされたような気はするものの、まいっか、と苦笑する。
「なんだよ、変なコだね」
「変だなんて――私はただ……」
 ――するり、と何かが手許から滑り落ちる。
「何かしら」
 屈み込んで、足許に落ちた小さな緑の葉を拾い上げる。それを見たまことがハッと声を上げ、亜美は屈んだまま、まことを見上げた。
「――あ!」
「何? まこちゃん」
「それ、まだその本に挿んだままだったんだぁ。……よく見てみてよ」
 ふふふ、といらずらっ子のように笑うまことに催促されてよくよく見てみると、小さな葉を広げたそれは――
「四葉の……クローバー……?」
「そうなんだ! 自然公園でその本読んでたんだけどさ、その時に見つけて、栞の代わりにしてたんだよ。ふふふ」
「へえ……」
 なんともまことらしい。公園の芝生に寝そべって本を読み、時折芝生の緑に目をやっては、また本に視線を戻す――思わずそんな姿を想像して微笑ましくなる。
「なにかいい事、あった?」
 立ち上がり、ちょっと首を傾げて問いかけると、まことはう〜んと首をひねり、
「特にはないんだけど……」
 と視線をさまよわせ、ふと亜美に視線を戻す。――真直ぐな瞳で見つめ返す、亜美。
 ――そうだ。
 まことは亜美の髪に手をやり、毛先を弄んでは愛おしむように彼女を見つめた。
 見つめられた少女はその視線に気付き、まことを見上げ、言葉を待つ。
 するとまことのしなやかな腕がするりと伸びてきて、亜美の首筋を優しく撫で、亜美はくすぐったくなって肩をすくませて微笑った。
 それにつられてまことも微笑む。
 ――そう、彼女が微笑んでくれるなら、それが何よりもあたしにとって、“いい事”……。
「じゃあさ、それはもう亜美ちゃんのなんだから、亜美ちゃんにいい事があるよ、きっと。ね!」
 屈託のない太陽のような笑顔が降り注ぐ。
 亜美という名の花はまことという太陽に向かって蕾みを開かせる。

「ありがとう……まこちゃん」

 亜美は四葉のクローバーを本の間に挿み、鞄に入れた。
 また、読み返してみよう。幸せのつまったこの本を、四葉のクローバーを栞にして。

fin.








POSTSCRIPT
あとがき
★ホントになんでもな〜い極フツーの話になってしまいました。う〜ん、もっとラブいのにしたら良かったかも。
★イラストを描く時は、なんでもない、普段の二人を描くのが好きなんですが、小説はもう少し甘め〜(^_^)でもいいのかも(笑)

★今回のテーマは亜美がまことに惹かれる部分を描こうと思っていたんですが、亜美ちゃんはまこちゃんの極自然な部分が好きなんだと思うので、極フツーな話になっちゃった。 でも亜美ちゃんがまこちゃんに惹かれるものって、色々ありそう。一目惚れするくらいなんだから、外見だって好きなんだろうし(笑)包容力があるところも好きなんだろうなあ。あと大らかな部分ですかね。自分にないものに惹かれるっていうか。 その点で言えば、亜美ちゃんがうさぎに惹かれる点も同じなんだろうけど、あえてまこちゃんに好意が向くのはフィーリングのお陰ですかね。一緒にいたときに感じる安心感、共有感、みたいな。おさまりがいい感じ。でもそれって大事でしょ?

★恋愛って色んな形があると思うけど、二人に関していえば、友情から始まったって事もあるし、そんなに情熱的なものではないけど、ほんわかした、ある意味家族愛に近い感じでしょうか? でもその分絆が強い。今後もそういった二人を書いていきたいと思います。




Waterfall//Saku Takano
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