HOW TO MAKE a SWEET CAKE


改訂版


 ボーン、
 ボーン、
 ボーン……
 振り子が飽きもせず行ったり来たり、のんびりと時を刻む。告げた時刻は十二度(たび)鳴らす鐘の音でようやく正午だと知れる。
 そして待ってましたと嬉し気に顔を覗かせる小さな小鳥。
 ポッポー、
 ポッポー、
 ポッポー。
 鳩時計の陽気な声につられて顔を上げた途端、インターホンが後ろ髪を引いた。
「うわ、ホントに時間通り……。
 は――い、今行くよ――」
 言っても玄関の厚い扉越しに立つ客人には聞こえないのは分かっていたが、ほんの少しでも待たせてしまうのが悪いようでつい言葉を掛けてしまう。急いでつっかけたスリッパが未だ踵までを収めきれずばたばたと暴れるまま、もどかしく玄関へと急いで、鍵を外して扉を押し開いた。
「いらっしゃい、亜美ちゃん」
「こんにちは、まこちゃん。お邪魔するわね」
「はい、どうぞ!」

「――皆が来るのって3時からで良かったよね」
 取り敢えず先に準備だけしておいたティーセットで紅茶を煎れ、亜美に差し出しながら予定を確かめる。
「ええ、時間はたっぷりあるけど、でも早めに準備しておくに越した事はないから、この紅茶を飲んだら、準備を始めちゃうわね」
「うん。それにしても亜美ちゃんがあたしの為にケーキ作ってくれるなんて、なんか嬉しいな」
「ふふ、まこちゃん程美味しく出来ないけど……、でも頑張るわね」
「すっごく期待してるからさ!」
 もう、と溜息をついてはにかんで微笑みながら、亜美はダイニングテーブルの向かいに座るまことの表情をそれとなく窺った。
 どことなく浮き足立ったようないつもよりやや大振りな仕種で、機嫌の良いのが手に取るように分かる。子供のように無邪気な笑顔を浮かべ、今日これから起る出来事をとても楽しみにしているのが顔にはっきりと書いてあるようだ。
 ――可愛い。
 思わず亜美にも笑みが溢れる。
「なんだよ人の顔見てニヤニヤしちゃってさ」
「あら、ニヤニヤしてるのはまこちゃんの方でしょ。まるで子供みたい」
「なんだい、いいじゃないか。なんたって今日はあたしの誕生日だからね。みんながさ、パーティー開いてお祝いしてくれるのがホント嬉しいんだよ、ね!」
 そしてまた頬からぽろぽろと笑みを溢す。
 亜美はその笑顔を見て、彼女からお裾分けされた笑顔の素(もと)が、ふわふわと自分の中にも溢れていって自然と頬が弛んでしまうのを感じた。そして、今朝も目覚めてすぐ電話でまことに告げた言葉を、もう一度愛おしむように繰り返した。
「まこちゃん、お誕生日おめでとう」

◆  ◆

 何をやらせてもうまいもんだな、とまことは亜美の手元を覗き込んで、その淀みのない手付きを見て思う。綺麗に焼き上がったスポンジを三層にスライスするのも、そこに生クリームを塗りバランスよく苺を並べる手付きも中々に熟(こな)れたもので、感心してしまう。
 こりゃ、あたしの出る幕じゃなかったね。
 ――今度の誕生パーティー用のケーキ、まこちゃんの家で教わりながら作りたいんだけどいいかしら?
 そう亜美が言うものだからそのつもりでいたのだが、手を出すどころか口を挟む余地もないくらい、亜美の仕事は完璧だった。
 まこちゃんのお誕生日なのに、まこちゃんに手伝わせるなんて私もズルイ事するわよね、なんて言ってた割には、手を出そうとすると、いいから座ってて、なんて言って結局すべて一人でこなしてしまったではないか。卵ひとつ割らせてくれないんだから。
 結局は、この記念の日に少しでも長く一緒にいたいが為の口実だったのだ。
 それを分かっているから、まことも朝から頬が緩みっぱなしなのだ。
「あたしが教える事なんてなーんにもないじゃないか。ちぇ」
 拗ねた振りをしてそう言いながら亜美の背後に回り込み、まことは手持ち無沙汰な手を、作業で両手の塞がった亜美の腰へと回す。
「まこちゃん!」
「いいからいいから。そのまま続けてよ」
「もう……くすぐったいわよ」
 すっかり苺を並べ終え、スポンジを綺麗に重ね終えたケーキを前に、亜美は表面に生クリームを塗る為のパレットナイフを手にしてくすくす笑う。
「もう、そのまま手を動かさないでね。生クリーム塗るの失敗しちゃう。苦手なんだから」
「うん。このままにしてるよ」
 まことは素直に亜美の言葉に従い、彼女を包み込むようにしてぴったりと身体をくっつけたまま、頭だけちょっと横にずらして手元を覗き込む。下腹部の前で組み合わされたまことの手を少しだけ意識しながら、亜美は生クリームをケーキの上に落とし、マニュアル通り最初は薄めに、そして更に厚めに塗り広げて行く。
「じっとしててね」
 緊張した声で再度まことを牽制し、真剣な顔をして作業に集中する。
 余分な生クリームを脇に落として丁寧にナイフを滑らし表面を整えていく。実はスポンジケーキの表面というのはかなりでこぼこしていて、余程慣れていないと綺麗には塗れないものだが、確かにまこと程綺麗には仕上げられないものの、それでもかなり見事な出来栄えだった。
「――ふうッ」
 ようやく緊張を解いて、溜め込んでいた息を満足げに吐き出す。そして後ろの師範を振仰ぐと、首を傾げて「どう?」と出来を窺った。
「いいよ、すっごく上手。さすがだよね、亜美ちゃんホント何でも出来ちゃうんだから、まいっちゃうよ」
 もう……と、自分の出る幕などなくてひがみ混じりの溜め息を吐き出しながら、亜美の細い肩に額を押し付ける。
「ま、まこちゃん?」
「……なーんか悔しいから――いたずらしちゃおっかなぁ……」
 まことは俯いたままくぐもった声でそう宣言すると、ちらりと見隠れする亜美の項にキスをした。
 途端にくすぐったそうに肩を竦ませる亜美。
「もう! だ、ダメよ、まこちゃん。これからまだデコレーションしなくちゃいけないんだから……ね?」
「ちぇ。はぁーい」
 返事だけは素直なものの、まことは亜美の背中からは離れようとはしない。じゃれつく猫にしては随分と大きいが、似たようなものだと自分に言い聞かせて、亜美は次の作業に取り掛かる。ホイップクリームの絞り出し袋に星形の口金を取り付け、袋の七分目程までクリームを詰めると、余った生クリームの入ったボールの中で幾度か絞り出す練習をした。さすがに大事な仕上げとあって、先程よりも更に緊張した面持ちで眉根をきゅっと寄せて、いざケーキと向かい合った。
 まことにとってはデコレーション作業すらも、然程難しい事ではない。その為、ケーキに向かって挑むように身構えている亜美の姿がとても可愛らしく思えた。
「亜美ちゃん、ちょっとだけコツを教えるね。貸してみて」
「――ええ」
 亜美から絞り出し袋を受け取ると、実際にボールの中に出してみせて実演する。さすがにセーラーチームのお菓子作りの第一人者とあって、おっかなびっくりの亜美の手付きとは全く違っていた。
「いいかい、持ち方はこんな感じで、中のホイップクリームに余り手の熱が伝わらないようにね。出す時はテンポよくどんどんやっちゃった方がいいかも。絞り終わりはこういう感じでスッと力を抜くように……分かる?」
「ええ、……やってみるわ」
 相変わらず生真面目な生徒然として真剣な表情のまま袋を受け取ると、まことの言葉を頭の中で反芻するようにほんの少しの間動きを止めた。
「あ、ホイップ垂れるよ」
「え?」
 亜美がまことの声に気を取られた瞬間に、声の主は傍らの苺に手を伸ばす。
「なんてね――う、そ」
 ひと粒取ってさっと口に含む。
 亜美が振り向いた時には既に苺の頭が齧られていて、目が合うとまことは得意げにウインクしてみせた。
「まこちゃん! ……もう!」
「えへへ〜!」
 まことは空いた方の手を亜美の肩に回し、二、三度揉み解してやる。
「ほら、緊張しないで。リラックスリラックス!」
 すると亜美は呆れたようなほろ苦い微笑みを浮かべて、いたずらをした猫をしかるような目をして形だけまことを咎めると、そのままゆっくりと絞り出し袋をケーキの上へと下ろし、あっさりとホイップの小さな丘を作り上げていった。
「もう……飾り付けの苺なのに……」
「えへへ、おいし……」
HAPPY BIRTHDAY!
 今度はさすがに邪魔をしては悪いと、まことはちょっと距離を置いて後ろから覗き込んで、亜美の作業を見守る。
 亜美は優秀な生徒だ。言われた事をきちんと守り、手早くテンポよくホイップを絞り出す。コツを掴むのも早い。
「……出来た」
 嬉しそうに言って、いたずら好きな猫――もといケーキ作りの先生を振り返る。
「ん〜〜、完璧!」
 まことの合格点を貰うと、亜美は照れて顔を赤らめつつもまんざらでもないように唇に笑みを浮かべた。
 やがていよいよ苺を手にし、綺麗に並べあげ、更にミントの葉を添えて――、
「――完成!」
 最後のミントを苺の頭に飾ってやると、ふたりははしゃいで声を上げた。
 そしてまことが顔の前で両手を上げると、亜美も彼女に倣ってちょっと遠慮がちなハイタッチをし、そのまま互いの指を絡ませてひとしきり微笑みを交換し合った。
 亜美も、まことも、なんだか本当に嬉しくって……それにとっても楽しくて。
 甘いケーキの香りが二人の幸せな時間を包み込む。
「ああ〜美味しそう。早く食べたいよ〜」
「ふふふ、皆が来てからよ」
「あ〜もう皆早く来ないかなぁ?」
 そわそわしながら鳩の眠る時計を振仰ぐと、午後二時を指していた。
「時間、やっぱり余っちゃったわね」
「ん、いいよ。ケーキが直ぐに食べられないのはちょっと残念だけどさ。でも――、」
 まことは亜美の作ったケーキをしげしげと眺めると、自分を見上げる亜美へと向き直り、彼女の細い首にゆるく手を掛けた。
「その分、……ゆっくり亜美ちゃんと過ごせるもん」
「まこちゃんったら……」
 亜美はまことの誘うような視線を、ふふっと微笑ってさらり躱してしまうと、まことが焦(じ)れるのを知りながらくるりと背を向けた。
「もう、亜美ちゃんってば……」
 すぐに照れちゃうんだから……ぼやく様に言いながら、まことは無防備な彼女の肩にそっと腕を回す。
「ねえ、亜美ちゃん、プレゼントくれないかな?」
「プレゼント? プレゼントならみんなが来てから――」
 首だけで振り向くと、まことが穏やかな笑顔をたたえてこちらを見下ろしていた。
「ううん、そういうのじゃなくてさ。絶対に亜美ちゃんからじゃないと貰えないプレゼントだよ」
「私からじゃないと……貰えない物?」
「うん」
 そして、亜美の顎にまことのしなやかな長い指が掛けられる。
 ようやく、ゆっくりと身体ごと振り向ける亜美。
 まことは上目遣いで見上げる亜美の頬に手をずらし、親指で柔らかな唇に触れて優しく弄ぶ。
「――、――……」
 声に出さず、唇の動きだけで伝えられる言の葉。
「まこちゃ……」
 その二文字を理解した亜美は、言葉で伝える代わりに唇に乗せて、今日三度目の「HAPPY BIRTHDAY」を告げた。

 ――キ……ス

 ――して触れたまことの唇から、
 甘い、苺の味がした。








POSTSCRIPT
あとがき
★いやーね、最初はイラストだけまこちゃんの誕生日にUPする予定だったんですが、ふと前日会社でネタを思い付いて、ずばっと勢いだけで書いちゃいました。なので、今回はホント勢いだけなんで、結構ラフに書いちゃってしかも校正してないから、色々間違いがあるやも…。済みません。
★本来はきちんとしたものだけUPしていきたいんですが、今回は前日に思い立ったった時点でもう色んな意味で危うかったんで、ま、記念記念〜と見切り発車してしまいました。(今“身きり”って変換されたよ、なんつーパソだよ、Macって。ある意味合ってるけど!(死)ワープロソフト入れると調子悪くなるしな〜。う〜ん)
★そんなんなんで、知らん内に訂正してUPし直したりするやもしれません。分からんですが。

★さて、まこちゃん誕生日〜。あ〜それにしてもSSの劇場版のちっちゃい頃のまこちゃん可愛かったな〜。なんて事をおもむろに思い出してみたり。きっと元気ハツラツおろなみんしー! みたいな子だったんでしょうね。

★今回の小説ですが、いつもより甘甘〜な感じになってしまいました(^^;)当初の予定ではそこまでいちゃいちゃしていなかったんだがのう。いや甘甘つっても所詮この程度なんですけどね、私に書かせると。う〜ん。
★なんか私的にまこちゃんって甘えるの好きそうな感じがするんで、こういったネタになったんですが(まあ、何も考えずイラストだけ先に書いて、それを膨らませていって今回の小説になったんですが)まあ、甘えるっていうかスキンシップしたいから甘えるっていうか。
★まこちゃんって普段は結構虚勢張ったりもしますが、好きな人にはとことん尽くしますよね。なので、好きな人に対してだけ甘えてきそう。その人以外にはちょっと弱気な姿は見せられない、みたいな。うさぎたち仲間に対しては腹を割ってはいますけど、性格ってのは打ち解けたからって変えられるものじゃないし、性分で姐御的な態度になってて、亜美ちゃんにだけ弱味を存分に見せてくれそうな…。まあ、弱味ってか、デレデレしてるだけですけど(^^)

★それからぜひともまこちゃんには幸せな誕生日を迎えてもらいたかったので、こんな小説に(^^)あんまり波乱万丈なネタよりも、ほのぼのしゃ〜わせ〜みたいな。

★そんな小説です。




Waterfall//Saku Takano
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