恋のはじまり
―Scene 1―


「ねえ、いつからあたし、亜美ちゃんの事が好きになったんだろう」

 ――そんな事、面と向かって本人に聞かないで欲しい。
 亜美は驚いてシャーペンを走らせていた手を止め、まことの顔をまじまじと見つめた。そして、まことと目が合うと、思わず返答に窮して再び参考書に視線を落とした。
「ど、どうしたの、いきなり……?」
 こたつの一つ隣の席で雑誌を広げるまことの顔を盗み見ると、真剣な顔をして、ただもう雑誌は放り出して、眉根を寄せて、うーん、とうなり始めた。

 ここは、例に因って火川神社――のレイの部屋。東京の短い冬休みも中盤に差し掛かり、皆で宿題を片付けようと集まったはいいが、午前中、はらはらと降り始めた雪は午後になって降雪量が徐々に増え始め、うさぎ、レイ、美奈子らは、宿題もそこそこに外へ飛び出していってしまった。先程までまことも彼女らに混じって雪合戦に興じていたが、ひとり残った亜美の事を気遣ってか、レイの部屋へと戻ってきていた。
 亜美はこのところ少し風邪気味で、さすがに雪合戦は遠慮した。かと言って、宿題は既に3日も前に済ませてあり、今日ここへ来たのは、専ら宿題の解説の為であったのだが、生徒達がいないのでは他にやる事もなく、今は参考書を広げてただ黙々と例題をこなしていた。
 まことは亜美の邪魔になるまいと、レイの部屋に置いてあったファッション誌に目を通して――最早宿題などは頭の隅へと追いやってしまって――ただふたりきりの時間をゆったりと味わっていたのだが――。

「いつからあたし、亜美ちゃんの事が好きになったんだろう」

 ――まことがいやに真面目な顔をして、亜美の顔をじっと見つめる。
「ま、まこちゃん、こ、こんな所でそんな事言っちゃ……」
「いいじゃないか、誰もいないんだし。……ね、雪、よく降るね」
 この時期、東京でこれ程雪が降るのは珍しい。まことは寒がりながら何気ない振りをして、こたつの中で亜美の脚に自分の脚をそっと絡めた。
「ま、まこちゃんってば……!」
「いいじゃない、第一こたつの中じゃ見えないよ」
 亜美は顔を赤らめて、ひとりやきもきしている自分に対して、まことが少し無神経なくらい大胆な行動を取るのを見て、羨ましいようなもう少し自粛して欲しいような複雑な心境で、それでも自分もまことの方へ脚を擦り寄せた。
「皆、しばらくは戻ってこないよね」
 何か企むような目をして、まことが亜美の表情を窺う。思わず亜美は逃げ腰になってまことを見遣った。
 ――それにしても、いつから好きになったかなんて、本人に向かって聞く事かしら?
 そう思った時、再びまことが口を開く。少し媚びるくらいの熱っぽい目をして……。
「亜美ちゃんは、いつからあたしの事、好きだって思ってた?」
「――えっ――……」
 ――いじわるだ。
 わざと自分をからかって面白がっているのだ。いつもそうする時にする悪戯っ子のような目をして、まことはこたつの上に上体を凭せかけ、上目遣いに亜美を見上げてくる。――いじわるだと分かっているのに、まことのそんな子供みたいに無邪気に微笑んでいるところを見ると、身体が勝手に反応して頬が赤らんでくるのが分かる。――否、邪気はあるのだろうけど。
「いつって……そんな事聞いてどうするの?」
「いや、どうするっていうか……。なんか気になるじゃない。自分を好きなコがさ、いつからそういう恋する瞳(め)であたしの事、見てたのかなんてさ」
「――――………………!」
 ――もう、本当にいじわるだ。
 頬も、耳も、恥ずかしくって、体中が火照ってくる。
「まこちゃんってば……」
「例えばさ、去年の今頃はもうあたしの事、好きだった?」
 去年の今頃――というと……
「ダークキングダムとの決戦の頃……」
「…………」
 シャーペンの動きの止まった亜美の手に、はっと表情の硬くなったまことの手が重なる。
「ご、ごめん、変な事聞いて――」
「……いいの」
 二人の脳裡に暗い影が過る。
 ――――思い出と言うには、まだ少し時間が足りなくてまだ思い出にすらなっていない、辛い記憶。
 亜美は参考書の更に上の辺りに視線を落として、唇をそっと湿らせた。
 辛い。
 悲しい。
 ……使命。
 うさぎ、
 レイ、
 美奈子、
 ――まこと、
 死。
 ――まこと、の死。
 うさぎたちに託した、か細い希望の光。
 何もかもがないまぜになった感情が、今も涙腺をつつく。それでも何とか涙を流さなくなったのは、少しは強くなれたって事かしら……?
 独りで泣いた夜も幾度もあったが、今はもう、泣かなくても大丈夫。だって――――
 気付くとまことの手が強く、彼女の手を握り締めていた。亜美は指先だけを動かして、力強いまことの手をなぞる。
「ごめん、亜美ちゃん。あたし――」
 言いかけて、瞳に薄らと涙を滲ませた亜美の顔を見つめたまま、まことが言葉を詰まらせる。
 まことの手の感触を確かめながら、亜美はやんわりと彼女の手を包み込む。
 沈黙が部屋を満たし、重くなった空気がまことと亜美との間に見えない幕を下ろしてしまったようで、まことは苦悶の表情を浮かべて亜美から視線を逸らす。ただ、手の感触だけはいつもと変わらないのに――。
「亜美ちゃん、あたし――」
 どうしてこんな事を言ってしまったのだろう。あの時の記憶は彼女には、とても酷だ。――ふざけて、何を言って……。あの時、あたしは――!
「いいの。……私はもう平気だから――。まこちゃんは…………」
 一度言葉を切って、亜美はまことを見つめる。
「まこちゃんも、あの時の事を思い出して、自分を責めないでね。まこちゃんは優し過ぎるから……。ね?」
「――――――……」
 亜美ちゃんは――――、
 まことが何も言わなくても、彼女は、自分の気持ちを察してくれる――こんなにも、近くで。
 ……皆を残して先に命を断ってしまった自分。あの時はうさぎや皆を――守る――事しか考えていなくて、後に残していく者の気持ちなど顧みる余裕なんてなかった。――間違った事をしたとは考えていないけれど。ああするしかなかったのだ。
 でも。
 ――今でも「でも」の先を考えると胸が締め付けられて、自分を許せなくなるのだ。
 何より目の前で、彼女の、こんな切なく潤んだ瞳を見ると。――こんなにも辛く悲しい想いをさせたのはあたしなのに……!
 あたしには、彼女を“守る”だなんて言う資格はない。細くて折れてしまいそうな腕に思わず手を差し伸べ、守っているだなんていい気になって、守るどころか傷付けてしまった……小さな、脆い、硝子細工のような心を――
「あたしは……」
 涙ぐんで言葉を紡ぐまことを遮るように、亜美が言葉を差し挟む。――笑顔はぎこちなくても、努めて明るい声を出すようにして。
「まこちゃん、さっきの質問――」
「――え?」
「私がいつからまこちゃんに“恋”してたかって……」
「亜美……」
 いつもの優しい笑顔。
 肘を付いて少しこちらに向かって前屈みになりながら、まことの目を覗き込んでは、微笑んでくれる彼女。
 彼女の線の細い白い指が、まことの力んだ手を優しく撫でる。
「亜美ちゃ……」
「恋かあ……。……きっと……、きっと――それまでまこちゃんに感じていたものは“憧れ”で……、“恋”とはちょっと違ったかも知れないわね。いつも気に掛かっていて、気が付くとまこちゃんを目で追ったりはしていたけど……」
 ふふ、と小さく照れたように笑う亜美。
「でも、あの時、泣く事も出来ない程――ぽっかり心に穴が開いたような気持ちになって……。
 あの時、うさぎちゃんがね、ショックを受けて、クイン・ベリルに銀水晶を渡して戦いを終わらせてしまおうって言い出したの。私、今迄感じた事もないようなもの凄い怒りを感じたわ。うさぎちゃんの気持ちは痛い程分かったし、彼女に対してっていうんじゃないんだけれど、気持ちの行き場がなかった。それで思わずうさぎちゃんの頬を叩いてしまったのだけれど。――……まこちゃんの…………ジュピターの、死を、……無駄にしないでって……」
 亜美は自分の唇で紡いだ言葉の意味を、まことの死を、曖昧な気持ちでは言葉には出来ない事実を、胸に棘の刺さったような痛みを覚えつつ口にする事で、それを受け入れようと今もまだあがいている事を思い知らされた。でも、大丈夫。
 まことを見つめて言葉を続ける。
「だけど、こんなこと言ったら戦士失格だけれど、使命の為じゃなかった。使命を果たす為だけにそんな事を言うくらいなら、こんなにも怒りは感じなかったし、うさぎちゃん達を先に行かせて、自分独りで戦おうとは思わなかった筈だわ。
 まこちゃんの仇を討とうと思った訳じゃないけれど、でも戦う事は恐くなかった。不思議と恐くはなかったの……。まこちゃんが……、まこちゃんの事を想う気持ちがだんだん自分の中で大きくなっていって……、闘う事への恐怖はなくなっていたわ。
 私……、その時に、ああ、まこちゃんってこんなにも自分の中で、大きな存在になっていたんだなって、気が付いたの。
 ――それが“恋”だって自覚は全然なかったけれど」
「…………」
「結局、まこちゃんの事を好きだな……って、気付いたのは転生した後ね。学校で見掛ける度に素敵なコだなって思ってて……。TVのオーディションの時、まこちゃんに初めて声を掛けて、天才少女もオーディション受けるんだー、なんてからかわれて、実はちょっと嬉しかったの。私の事、知っていてくれてたんだなって」
「……そう、なんだ?」
 なんとかそれだけ、亜美から送られる視線に励まされて、まことは短く答える。
「……ん……、その時、本当は声を掛けるのにすごく緊張していて……、私、それからどんどんまこちゃんを意識していくようになって――」
 言ってから自分の言葉にほんのりと頬を赤らめて、その頃を懐かしむように微笑む、亜美。
「亜美ちゃん……」
 亜美のちょっと無理をしていそうな、でも健気で穏やかな笑顔を見ていると、切ない気持ちと好きだという気持ちと、――ただひたすらに彼女に触れたいという欲求が、胸の深い部分から込み上げてくる。
 彼女の優しさに守られているのは、自分の方――
 まことは左手は彼女の右手に添えたままにして、右手を伸ばしてちょっと赤みの差した亜美の頬へと触れた。
 指先が頬をなぞる。
 亜美がその手に触れる。
「どんな気持ちだった? ……“恋”してるって、気付いた時――?」
 吐息の掛かる距離で小さな声で囁くと、亜美は目を伏せて、くすりと微笑った。
「……ドキドキ……してた。――今も」
 瞳が絡みあって、互いに気持ちを探り合う。
「あたしも、ドキドキしてる……」
 まことが、ゆっくりと……唇を寄せてくる。
「…………ま」
 彼女の唇がもう少しで触れる、というところで亜美は咄嗟に、だめ、とまことの柔らかな唇に触れてそれを制した。
「皆、戻ってくるかも……」
「大丈夫だよ」
 さらに身を寄せてくるまことを今度は両手で制して、亜美はまことの熱っぽい視線をくすぐったく感じてくすくす笑いながらまことへと問う。
「ねえ、まこちゃんはいつから私に“恋”してた?」
「え?」
「私にばっかり言わせて、ずるいわ」
「ちぇ、結局――キスし損ねちゃったじゃないか」
「ねえ、教えて?」
「……――そうだね」
 いつからかな。
 まことは聞こえないくらいの小さな声で呟き、名残惜しそうに亜美の唇を右手でなぞる。
 すっかり、唇で触れる感触を覚えてしまった彼女の柔らかなふた片の花弁。
 少し首を傾げてまことの瞳を覗き込むその何気ない仕種。
「……前はさ、あたしって惚れっぽいから一目惚れが多くて、誰かを好きになった瞬間ってのが分かったんだよね……。でも亜美ちゃんのことは、なんか気が付いたら好きになってた……かな。ホント、いつの間にか隣にいる事が当たり前になってて、いつも手を伸ばせば届く距離にいて、敵と闘ってる時でも亜美ちゃんが怪我してないかなんてそればっか気にしてたりしてさ。だから……、――だからかな、友達と恋人の境目って何だろうって思って、それで気になってさ……」
「…………」
「あ、いや、別に今、曖昧な気持ちでいるんじゃないよ!? 亜美ちゃんの事はこ、恋人として好きなんだよ! だけど、最初はそういう風に区別して考えてなかったからさ、その、なんていうか、だからって今でも友達の時は友達だし、恋人同士のときは恋人同士だし、えっと……。
 ほ、ほら、あたし前に言ったよね、好きって気持ちは難しく考えるものじゃなくて、ただ一緒にいたいって気持ちなんだってさ。亜美ちゃんとは――」
「ふーん?」
「い、嫌だなあ、そんな目しないでよ。……まいったなあ」
 まいったなんて言いつつ、どこかまことは嬉しそうだ。亜美が本気でまことの気持ちを疑っているのではない事を分かっていて言っている。
 亜美は握った手をもぞもぞと動かして、まことの手をつねる。
「痛いよ、亜美ちゃん」
「だって……まこちゃんったら、いつも……余裕なんだもの。私ばっかり、なんか焦ってるみたい……」
「焦ってるって、何が?」
「ホラ、また。私の事、面白がってるでしょ?」
「あぁ、拗ねないでよ。だってそんな亜美ちゃんが好きなんだもん。ね?」
「〜〜〜〜!」
「……でも」
 不意にまことがいつになく穏やかな視線を投げかけてくる。
 相変わらずまことのこんな所に弱い……のだ。からかったり優しくしてみたり、そうされる身としては、ころころ表情を変えるまことにドキドキ焦らされてばっかりだ。
「ね、いつからなんて、関係ないよね。
 だって、あたしたちは……じっくり時間をかけて好きになったんだから。大事な友達として……恋人として」
「…………うん」
 俯いて頷き、そしてまたまことに視線を戻す。
 確りとまことがその視線を受け止めていてくれる。
「……今度は、拒んだりしないでよ……?」
 まことの視線が一瞬唇へと移り、また瞳へと戻って気持ちを確かめ合う。
 ――やっぱりまこちゃんには敵わないわね……。
 どんなに頑張って抵抗してみても、彼女の大胆な行為にいつの間にかドキドキする気持ちが止められなくなってしまう。
「……うん」
 こんなに高鳴る気持ちを隠せるのなら隠していたいのだけれど、きっとまこちゃんには気付かれてしまっている。いつだって私より少し余裕な、まこちゃん。
「……でも、ちょっとだけよ……?」
「…………ん」
 徐々に二人の身体が近付いていって、まことが少し首を傾ける。亜美は心持ち上を向くようにして、まこととの唇の高さを合わせる。
 ゆっくりと瞼を閉じ、互いの息使いを頼りに距離を縮めていく。
 やがて、二人が身を乗り出して――


「ルナ――! そこにいるか〜い?
 ――――――を゛!?」
 ばたばたばたっと何かが転げる音がして、二人は身体を硬直させる。――と、
「ア〜ルテ〜ミス〜ぅ!」
 パーン、と美奈子が勢いよく障子を開け放って現れ、ふたりは今にも届きそうだった唇を一文字に引き結び、上半身を逸らせて反射的に身体を引き離す。
「――――――!?」
「――――――まこちゃ……、亜……!?」
「――――――!」
 一瞬にして沈黙が部屋を覆い尽くす。
 やがてこの状況を察して一番に口を開いたのは、美奈子だった。満面の笑みで。
「あは〜ん、ごっっめ〜〜ん。おっ邪魔しちゃったみた――い!
 ほぅらアルテミス行くわよ! もう何やってんのよバカね、何、二人の邪魔してんのよ! じゃっあね〜〜!」
 怒濤の如くやって来て、怒濤の如くまくしたて、怒濤の如く去っていこうとする美奈子をまことは思わず呼び止める。
「美奈子ちゃん! ――あの!」
「まーこちゃーん、もう、そのつもりだったんなら、先に言っといてくれれば邪魔なんてしなかったのにー! じゃ、亜美ちゃんもしっかりね! 恋愛は受け身ばっかりじゃダメよ! ちゃんと捕まえておかないとどっかの馬の骨に油揚げさらわれちゃうわよ!」
「そ、そのつもりって美奈子ちゃ……!?」
「え……あの……? 美奈子ちゃん、それを言うなら鳶に油揚げ……」
 まくしたてる美奈子の言葉に引っ掛かりを覚え、なんとか突っ込みを入れんとするまことに続いて、I.Q.300の頭脳すら鈍らせる程の羞恥に冷静さを欠いた亜美が、表情を強張らせたまま思わず条件反射で言い直すが、まことがそれを遮る。
「だ――――って、そんなことはいいから! あの、美奈子ちゃん、い、今の――」
「あ――ん、分かってるわよ! みんなには黙っておくから。団体行動乱して、あ・い・び・き、なんてバツが悪いものね――。じゃ、皆の事はなんとか誤魔化して時間稼ぎしてあげるから、しっかりね! ホラ、アルテミス、行くわよ!」
「ま、まこ………亜……!?」
「うっさいわよ!」
「美奈――」
「――子ちゃ……」
 パーン、と再び打鳴らされる障子。
 ふたりはそのまま言葉を飲み込み、非常にバツの悪い沈黙を味わわされる。
 やがてまことが、青ざめるというよりはむしろ照れたような赤い顔をして口を開いた。
「どう……しよう……か?」
「――――――」
 ――対する亜美の顔色は蒼白だった。美奈子達の去っていった障子を見つめたまま硬直し、まことの言葉も耳に入らない様子だった。
 たはは、とまことが冷や汗をたらす。
 美奈子ちゃんはともかく、コワイのはコッチの方だね……。

◆  ◆

 恐らくは――――、
 二人の“関係”は、勘のやたらといい美奈子にも、察しのいいレイにも、あまつさえうさぎにさえも暗黙のうちに、ではあるが知られてしまっているのだろう――とは思う。仲間として常に行動を共にしているのだし、ふたりの何気ない雰囲気からそれとなく察されているのは、自分たちもよく分かっている。美奈子に至っては二人の関係について際どいツッコミを何度された事か。
 しかしながら、人としての自然の摂理から少しだけ外れてしまうこの密なる関係を公言している訳ではなかったし、今更、という事もあって言い出しずらく、なんとか誤魔化してきたのだが――非常に間の悪い事この上ない。おまけにアルテミスのあの慌てふためいた様を考えれば、次に顔を合わせた時の言い訳が非常に難しい。
 亜美は徐々に顔を赤らめていき、俯いて手を口元に宛て、やがて茹で蛸のように真っ赤になった顔で、必死に言い訳を考え始めた。まことはそんな様子を見て、ぽりぽりと頭を掻く。
「でもさ、美奈子ちゃんもああ言ってる事だし、皆も別に気にしてないと思うし、――ってのはちょっと楽観的過ぎ?」
「……………………」
「……亜美ちゃん……?」
「……………………」
「亜美ちゃ……」
 慌ててまことが亜美の肩に手を伸ばしかけた時――

「h〜〜〜〜〜〜、ふ〜た〜り〜と〜も〜。いい加減にしてよね〜〜」

 さらに別の恨めしそうな声が、突如、地の底――ではなくこたつの中から上がった。
 ぎくりとして慌てて声のした方を見ると、ぐったりとした黒猫がこたつの中から這い出して来るとろこだった。
「ル、ルナ!?」
 頬を真っ赤に染めたルナが、こたつ布団から半分程身体を出したところで、力尽きて倒れ込む。
「も〜、ひ、人がこたつで気持ちよくね、寝てたら、いきなりあんな、は、話始めちゃうしイチャイチャし始めるし――出るに出られなくて、お、お陰で、の、のぼせちゃったわよ〜!」
「だ、大丈夫? ルナ」
 咄嗟に亜美がルナを抱き起こし、まことが机の上にあった下敷きでばたばたと扇ぎ始める。
 ルナはすっかり茹だった顔をして、焦点の合わぬ目で交互に二人を見遣る。
「あ、あなたたち、もう少し自重して、時と場合を考えなさいよ。こんなとこで、も――ぉ」
「ご、ごめん」
「あの、ルナ……、じゃ、じゃあ、話……?」
「話どころか全部見てたわよ! まったくもう、こっちの気も知らないで。黙って聞いていればどんどん怪しい方向に話が向いていくし、出るに出られないし、ホントに死んじゃうかと思ったじゃないの、も――ぉ」
「ご、ごめんなさい……」
 亜美が猛烈に顔を赤くして湯気でも吹き出さんばかりに照れながら気まずそうに謝る。まことも苦笑しつつごめんごめんと片手を上げて謝りながら、下敷きを扇ぐ手を一層速めた。
「まったく何考えてるのよ、この事、皆には内緒にしているんでしょ? それなのにこんなとこでそんな事しようとして〜。もう、まこちゃんはともかく亜美ちゃんまで一緒になってあんなことしようとするなんて――!」
「おいおい、あたしはともかくって……」
「ぅお黙り!! もう、ちょっとは反省しなさいよ!」
「はい……」
「まったくもう――」
 ルナの怒りは収まりそうになかった。小言が見えない飛礫となって二人に降り注ぎ、跳ね返っては落ちる。
 不意にまことが亜美に向かってはにかんだ笑みを向ける。――これはまずったね。
 亜美もそれを受け、赤い顔をしたまま眉尻を下げ困ったように肩を竦める。
 ルナは朦朧としつつもうっぷんを捲し立てている。
 まことは二度までも口づけを阻まれ、耳に痛いルナの小言は止みそうにもないし、ちょっとした悪戯心が沸いて来るのを感じて、独りほくそ笑んだ。亜美も気付いてはいない。
 まことは座ったまま亜美の方へとにじり寄り、一度離れてしまった距離をまた詰める。亜美が気付いて何か言いかけたが、それより早くまことの手が伸び、
「ちょっと、ごめんよ」
 ――と、ルナの顔を右手で覆い、亜美に向けてひとつウインクをすると、そのままするりと亜美の唇に唇を重ねる。そしてもう一方の手で素早く彼女の動きを封じてしまった。
「ん…………ン……」
「ちょっとふたりとも、なにやって――ンぐ!」
 わざと音を立てるように、亜美の唇に口づける。亜美の腕が抵抗を試みるが、強くはない。首に回した手でさらに亜美を引き寄せ、唇を求める。やがて諦めたように彼女の腕の力が抜け、そのままゆっくりとまことの背に回される。
 亜美はまことの唇を感じながら心の中で、ひとつ、溜息をついていた。
 もう、まこちゃんには敵わないわね……。
 決して離そうとはしない腕の力強さと、気遣うように優しい口付け。からかってみたり落ち込んでみたり優しかったり大胆だったり。そんなまことに鼓動が高鳴っていく。
「…………ごちそうさま」
「もう……」
 まことの開いた瞼の向こうに、照れた彼女の顔。ちょっと怒ったような拗ねたような、嬉しいような。
「ちょっとま――――ンぐ!」
 怒った黒猫の小言は後でたっぷり聞こう。
 そう思いながら、ふたりは再び唇を寄せ合った。








POSTSCRIPT
あとがき
★実はもう少し前に書き上げていたものなんですが、なんだかんだとUPするのが遅くなっちゃいました。いや、ただテキストをHTML化するのが面倒なだけだったんですが(ヒド…)テキストデータの最終保存日見ると去年の12月アタマには書き上がっていた模様…。う〜ん。
★あと挿絵を描くかどうかも迷ってたりして、そんなんで遅くなっちゃったんですが、冬の話だし、冬の内にUPしたかったんで、急遽お出まし願った訳なんですが(笑)
★挿絵はやめちゃいました。だってこの小説で挿絵描く場面っていったらラストくらいしか山場がない。でもちゅーシーンはなんだか照れるので(人のSSのちゅーシーンは描いたクセに^^;)

★それから、タイトルの後ろっ側に―Scene 1―となってたのお気付きでしょうか? 続いちゃうんですね、コレが(笑)否、別にこのお話が続き物である訳ではなくて、この後日談が控えてるんですが。(後日っていうか、数時間後っていうか…)しかもそれも書き上がってる。ただ校正が出来きってないんで、お披露目はもう少し先。1月中にはUPしたいけど。つか近日中にもUPしたいんだけど、ホントは。

★それにしてもまたまたハズかしい話を書いてら、ワシ。最近歯止めが効かないみたい。や〜まこ亜美サイト巡りが楽しいから。徐々にほのぼのから離れてくな〜私。まあ、このくらいはほのぼの止まりか。
★で、今回はダークキングダム編を交えてみましたが。う〜ん、いじるのが難しいところですが、ホントは。あの場面は色々な解釈が出来るし、第一辛すぎるシーンだから。でも敢えて触れてみました。ふたりとも乗り越えなくちゃならない記憶だと思うし。でももう1回くらいもっとメインにした話を書きたいですね。大事な話なんで、ダークキングダム編は。

★で、私的にはまこ亜美がちゃんとくっついたのはR以降って感じで。無印の頃はただ仲が良いって感じに思えたので。まあ、R以降もそうと言えばそうですけど。さらに私としてはどっちがどっちに先に告白したかとかそういうのは、なんというか亜美ちゃんが先にまこちゃんを好きになって、でもずっと言い出せないまま時間が経って、その内になんとな〜くまこちゃんが亜美ちゃんの気持ちに気付いて、そうするとだんだんまこちゃんも亜美ちゃんの事が気になり出して…っていう流れですかね。
★こう言っちゃうと何なんですが、まこちゃんが亜美ちゃんに惹かれる理由ってのがわかりづらい(笑)亜美ちゃんがまこちゃんに惹かれるものっていうのは色々あるけど、まこちゃんってどういうとこが好きなのかな〜と思って、そうするとそういう時間の流れだと自然と好きになるかな、と。
★だもんで、私の課題は「まこちゃんが亜美ちゃんに惹かれる理由」を書いていく事ですかね。

★さ〜て次回のまこ亜美SSは〜? 「ルナ、まこ亜美に嫉妬する」 ンガくっく!(亜美+ルナが書きたかったんですよ!)




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