初雪の日
―恋のはじまり Scene 2―


 浅く雪の積った、ところどころに土の見隠れする小さな雪原に、少女たちのはしゃぐ声が舞い上がる。先程まで白熱していた雪合戦は一方的なまことの負けで決着がつき――勿論、美奈子、レイ、うさぎの集中攻撃に合って降参を余儀無くされたのだが――今度は皆で雪だるま作りに精を出していた。
「さーあ、まこちゃん、しっかり働いてもらうわよ! 皆に黙って“あいびき”してた罪は重いわよ〜!」
「ちょっと美奈子ちゃん、何言ってんだよ――、もう」
「ホラホラまこちゃん、もっと転がして! 亜美ちゃんからエナジー貰って力は有り余っているんでしょう?」
「あ――――! まこちゃん、土付いてる、ホラそこそこ! ホレホレ、ガンッガン転がしてよね。超――――でっかい雪だるま作んだかんね!」
「レイちゃんにうさぎちゃんまで、も――――」
 頭に雪を乗せたまま、顔を赤らめてまことがぼやく。火川神社の母屋の縁側をちらりと見遣ると、亜美がレイの半纏を羽織ってルナを膝に乗せて佇んでいるのが確認出来た。遠目なのでよくは分からないが、どうも二人は何事か話し込んでいるようだ。何話してんだか……とは思うが、恐らく先程の件の小言だろう。亜美ちゃんも大変だけど、あたしだって勘弁して欲しいよ、まったく……。
「あ――、まこちゃんったら、まった亜美ちゃんの事見てる――!」
「な!?」
「まーこちゃんったらいやっらし――!」
「な、なんでちょっと見てただけでいやらしいのさ!」
「あ、やっぱり見てたんだ」
「ぐ……」
 美奈子ちゃんってば……と災いの元凶を睨み遣る。否、災いの元凶の飼い主を、だ。
 元はと言えばアルテミスが騒ぎ出したお陰で、美奈子もうさぎとレイに先程の出来事を白状せざるを得なくなったのだが――
 ……でも結局は身から出た錆ってヤツだよね……。
 やっぱり人様の家で、誰も見てないからと言って、亜美ちゃんにキスを迫ったのはちょっと軽はずみだったか……。
 がっくりと肩を落として項垂れるが、そんなまことの背に、レイの放つフレイムスナイパーの如き叱咤の声が突き刺さる。
「ホラ、まこちゃん、こっちに綺麗な雪、沢山あるわよ。しっかり転がして!」
「あ――もう、はいはい……」
 降り出したばかりの東京の雪はまだ浅く、雪だるまを作るには頼り無い量の積雪で、まことは土の地肌の見える所を避けて、レイの呼ぶ声に従って雪の玉を転がしていく。
 そんな風になんだかんだと悪友のいいなりになりながらまことは、ひとつ小さな溜息を吐き出して、至極自然に自分と亜美とを受け止めてくれる彼女らに、度の過ぎる揶揄にちょっと辟易しながらも一応は感謝をして、雪玉を転がす腕に力を込めた。
「もお、こうなったらヤケだ! おりゃ――――!」
「きゃー、まこちゃんスゴ――――イ!」

 ――本当はほんの少し、気まずかったんだよね……
 皆には言えない小さな秘密。
 亜美へ 抱く 恋心。
 亜美から 注がれる 恋心。

「じゃあ、次はコレ、上に乗せてね」
「ちょっと、ホントにあたし一人にさせる気かい!?」
「だってこんな重たいもの、まこちゃんじゃないと乗せられないじゃーん!」
「だからってあたし一人っていうのはキツイだろ! どう考えたって」

 きっと、もっと前から皆気付いてたよね。
 それでも、何も聞かないでいてくれた皆に甘えて、告白出来ずにいたけど。

「だーいじょうぶ、大丈夫!」
「まこちゃんなら平気だって!」
「ホラ、頑張って! 亜美ちゃんだって見てるわよ!」
「何言ってんのさ〜〜、もう」

 ――大丈夫

「亜美ちゃ〜〜〜〜〜ん。まこちゃんが亜美ちゃんの為に頑張るわよ〜〜〜〜!」
「ちゃんと見ててよね〜〜、亜美ちゃん!」
「いっけ――――――――! 怪力少女まこちゃん!!!」
「あのねェ……。
 じゃ、ぃよっこら…………しょ!」

 ――乗せた頭の雪玉がぐらりと傾く。
「きゃ――落ちる落ちる!」
 傍観していた3人が駆け寄り、まことに手を差し伸べる。まことが頭を押さえ、その間にうさぎらが隙間に雪を詰めて巨大な雪だるまの首を補強した。六つの手袋がせわしなく動き、ぺたぺたと雪を塗り込める。
「レイちゃん、そっちもっと詰めてくれる? 傾いてるわ」
「ええ、美奈――って、うさぎももっとしっかり詰めなさいよ! ホラ!」
「レイちゃんだって、そっち、ヘコんでるじゃないのさ! あたしばっか怒んないでよね!」
「何よ、うさぎがノロマだからあなたの為にあたしが叱らなくちゃならないんでしょ!」
「何さ!」
「何よ!」
「オイオイ、また喧嘩かい? まったく……」
 毎度繰り返されるふたりの喧嘩に、まことは肩を竦めて美奈子と苦笑を交わす。飽く事のない二人の声が冬の空へと吸い込まれて行く。
 その声を追うように視線を空へと上らせ、のんびりとまことは呟いた。
「雪、また降るといいねぇ……」


「出来た――――!」
 ――誰からともなく深い感嘆の溜息を吐き出し、なんとか完成した土台を見上げる。裕にうさぎの身長を超える大きなのっぺらぼうの雪だるまが、首を傾げてまるで呆れたように少女達を見下ろしていた。
「ちょぉ――っと不細工だけど。まあいいわ。じゃ、早速、目鼻を付けましょ。レイちゃん、人参か何か鼻になりそうな物あるかしら? それからうさぎちゃんは目になりそうな木の実か何か探して来て。まこちゃんは腕になりそうな枝を――……」
 美奈子が指示して、皆、四方へ走り出して行く。
 まことは雪だるま越しに見えた杉の木を目指し母屋の裏手に回り込むと、年輪の重ねられた大木の下で、一度息を大きく吸って深呼吸し、静謐な冬の空気を肺に満たした。存分に身体を動かした後なので冷えきった大気も辛くはなく、ただただ心地よかった。額に滲んだ汗を拭い、満足げに雪化粧した杉の巨木を見上げる。
 一人きりになると、今更ながらまざまざと先程の事が思い出され、自然と頬に熱が注(さ)す。

 ――……ドキドキ……してた。――今も

 そう言って照れながら見上げる青い瞳。

 ――……でも、ちょっとだけよ……?

 そっと唇に触れて、彼女の遠慮がちな唇の感触を思い起こす。

 ……次いで想起したのは、豆鉄砲を食らったようなアルテミスの顔と美奈子のにやけ顔。
 思わず苦笑して、ああ、後で叱られるな、と怒った亜美の顔を想像するが、なぜか顔が綻んでしまう。
 見上げた杉が風に揺られて不意に雪を降らせ、まことの前髪に白い化粧を施す。
「…………そうだ」
 まことは美奈子から指令の下った「雪だるまの腕の枝」を探すのもそこそこに、なるべく綺麗な雪を掻き集め始めると、自分の思い付きに夢中になった。

◆  ◆

「ま〜ったく亜美ちゃんまでがあたしの目の前で、あ〜んなコトするとは思ってもみなかったわ」
 呆れ顔でくねらせた尻尾の動く様が亜美の心臓を逆撫でするようで、亜美は込み上げる恥ずかしさに顔を赤らめて、素直に黒猫に謝った。
「ご、ごめんなさい、ルナ。わ、私もちょっとあれは……」
 先程はまことの強引な腕に引き寄せられ思わず彼女の求めに応じてしまったのだけれど、冷静になってみれば何という事をしてしまったのだろうと、思い返すだけで顔の熱が上昇してゆく。――目隠しをしていたとはいえ、ルナの目の前でまこちゃんと、キ、キス…………
「ねえ、亜美ちゃん?」
「は、はい?」
 ルナの厭味のこもった窺うような視線が彼女を射抜き、亜美はそんな非難の目に居たたまれなくなり視線を逸らして、雪だるま作りに興じる仲間の様子に視線を投げ遣る。
「ま、亜美ちゃんは反省してるみたいだし、元はと言えばまこちゃんの方から誘った訳だしね。――でも悪いと思っているなら、ひとつ、質問に答えてくれる?」
 そう言って膝の上から見上げてくるルナの視線に、やはり不穏なものを感じ取って、亜美はYESとは言わず返事を濁らせた。
「な、何かしら?」
「絶対に、答えてくれる?」
「……………………ええ」
 I.Q.300の頭脳でたっぷり30秒考え、終いにはルナの気迫に圧されてしぶしぶ返事をしたが、不安は拭えない。目の前で黒猫がにやけるものだから。
「ぜっっったい、答えてね」
 満面の――笑み。不意に悪戯をする時の美奈子の顔がちらついた。
「…………ええ」
「亜美ちゃんはまこちゃんのどういうところを好きになったの?」
 ――――ああ、やっぱり。
 そう冷静に思いながら絶句する。
 ルナの方こそ、そんなこと聞いてくるなんて思ってもみなかったわ。まるで、美奈子ちゃんみたい。――心の中で呟き、脱力して目を伏せる。
「ね、答えてくれるわよね」
 ルナが白々しく甘えるように擦り寄って来て、亜美の胸に頬を寄せる。亜美はつい猫好きの性で、ルナの喉元に手をやりごろごろ言わせてしまう。
「ね、亜美ちゃん。まこちゃんのどういう所が好き?」
「そ、そんな事聞かれても……」
 ぱっと顔を赤らめてルナから視線を逸らしたついでに、思わずまことの姿を目で追ってしまう。既に大きな雪の玉が大小ふたつ出来上がっており、今度はそれを重ね合わせようと、力自慢のまことが何やらせっつかれているようだった。
「亜美ちゃ〜〜〜〜〜ん。まこちゃんが亜美ちゃんの為に頑張るわよ〜〜〜〜!」
「ちゃんと見ててよね〜〜、亜美ちゃん!」
「いっけ――――――――! 怪力少女まこちゃん!!!」
 仲間達のはしゃぐ声がここまで届き、あからさまな揶揄にまたも頬が熱くなる。
「もう、美奈子ちゃん達……」
「ねえ。どんな所?」
「どんな所って……」
 言いながら、尋問される理由になんだか少し割に合わないものも感じてはいたのだが、聞かれた事に真面目に答えようとしてしまうのは亜美の性格ゆえで、口元に手を寄せるいつもの仕種をしながら、ちょっと考え込んで、その“理由”を探してみる。
 ――優しいところ。
 ――頼りになるところ。
 ――仕種、
 ――容貌、スタイル。
 一つひとつ思い当たるものの例を挙げていけばキリがないが、一言で言うにはどれも今一つ何かが足りない気がする。
 ――優しいけれどたまにいじわるなまこちゃん。
 ――頼りになるけれど、でもふたりでいる時にはとっても甘えん坊になるし。
 ――仕種……は好きな理由の一番ではないし。
 ――容貌やスタイルも好き。人懐っこい笑顔とか、怒った時の真剣な眼差しとか、ポニーテールの似合う所とか、色々みんな好き。身長の高い所だって好きだし、スタイルの良さは抜群だし。
 ……でもどれもそれだけでは足りない。
 言葉にしてしまうと「まこちゃん」にしっくりくるものがない。
 数学や物理なら答えはひとつきりなのに、“好き”の答えはひとつではないみたい。
「う……ん、難しいわね」
「亜美ちゃん、お勉強じゃないんだからそんなに難しく考えないで。ね?」
 既に10分は経過したかしら……と流れた時間の長さを思い、溜息を零すルナ。お勉強だけじゃなく恋愛にまで真面目なんだから。これじゃあ、まこちゃんも苦労してるわね……。
「亜――――美ちゃん!」
 不意に名を呼ぶ声が聞こえ、欠伸を噛み殺して少女の膝の上で丸くなりかけていたルナは驚いて顔を上げた。
「ま、まこちゃん!?」
 亜美をいじめていた罪悪感が心臓を跳ね上げさせる。
 そして別の理由で鼓動を速めた少女は、強く想っていた本人の顔を目の前にして顔を赤らめた。
「まこちゃん!」
「なに考えてたのさ? すっごく真剣な顔して」
「え…………な、なんでも……ないわ」
 まさかあなたの事よ、とは言えない。
「ん――なんでもないって顔じゃなかったけどなぁ……。ま、いいけど。それよりさ」
 ぱっと顔を綻ばせて、腰を屈めて長身のその身をするりと亜美の前に差し出し、ふふふっと子供のような無邪気な笑顔を向ける。何か“いい事”を思い付いた子供のような笑顔を。
「なあに? 後ろに何、持っているの?」
「へへへー、じゃじゃ――ん!」
「!」
 ぱっと差し出された掌の上には、小さく真っ白な――
「雪うさぎ!」
「可愛いでしょ? 風邪気味で皆と外で遊べなくて、ルナとふたりじゃちょっと寂しいかな、と思ってさ。――ハイ、どうぞ」
 そっと手渡された雪うさぎは片手に納まってしまう程の小さなうさぎだったが、丁寧に作ってあり小さな目も鼻もちゃんとあって、耳には瑞々しいナギの葉が飾ってあった。
「可愛い! 私に……くれるの?」
「うん。すぐに溶けちゃうだろうけど、でもちょっとでも雪の感じが味わえたらいいだろ? ほら、今日は折角の初雪だしね。家の中じゃ勿体無いよ。
 ……今度また雪が降ったら、その時は一緒に雪合戦やろうよ、ね!」
「うん。ありがとう。……本当に嬉しい!」
「ふふ。どういたしまして!」

雪うさぎ

 初雪の日、小さな雪うさぎひとつを手渡されて、繋がる気持ち――
 皆と――まことや、うさぎやレイや美奈子と、皆で雪合戦や雪だるま作りをしたかった気持ちがなかったわけではなく、やはり少し寂しい気持ちが心のどこかにあって……。
 その小さな穴を埋めてくれた、小さな雪うさぎ。――と大事な大事な大きな存在。
「ありがとう、まこちゃん!」

 ……膝の上の黒猫の存在はまたも忘れ去られ、噛み殺した欠伸は溜息となって吐き出された。
 ――答えは聞かなくてもいいみたい。
「え? 何か言ったかい、ルナ?」
「……二人を見ていれば分かるわ、さっきの質問の答え。だってどこがどうとかそういう問題じゃなくて、……ね、亜美ちゃん?」
「? 答えって……何の事さ。亜美ちゃん、ルナと何話してたんだい?」 
「――ル、ルナ!」

 小さな雪うさぎひとつと
 優しい気遣いひとつと
 笑顔をひとつと
 ひとつひとつそのすべて……。

 あなたが。








POSTSCRIPT
あとがき
★ザ・続き。
★前回の「恋のはじまり」の続きでした。前回はラブラブはーとあたーーーっく! みたいな感じでしたが。今回はも少し控えめに。前回まこちゃん暴走させ過ぎちゃったんで、今回はもう少し大人しくさせました。

★で、ルナ。実は私亜美ちゃんとルナの組み合わせが好きでして。だっていっつも一緒にいるし、亜美ちゃん初登場の回を見てなかった頃はなんでこんなに一緒にいるんだろう…と疑問に思ってましたが、よもやただの猫好きだったとは…。特に意味はないのか! や、二人は頭が良い同士でお話もよく弾むそうですが、公式ファンブックによれば。
★で、そんだけ亜美ちゃんと仲良ければまこちゃんとの仲にも気付くだろうと。アルテミスは絶対気付かないけどね! 口には出さなくても一番最初にまこ亜美の仲に気付いたのは彼女じゃないでしょうか? 美奈子よりも早い気が…。まあ美奈には野性の勘があるからな…。

★まあ、それはそれとして。挿絵。今回やっぱり背景も描かないとイカンじゃろって事で背景も描きましたが、結構手間取ってしまったわ。そしてその上報われていない。う〜ん、背景って難しい。それに亜美ちゃんに半纏着せてるしね、そういうババくささが漂うのが嵩乃版まこ亜美です。ぬか床とか…。まあ、半纏くらいは可愛いもんか。レイちゃんよく着てるし。




Waterfall//Saku Takano
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