さくらんぼ
―Scene 2―


「…………」
 どの位の時間そうしていたのかは分からないが、恐らく2分近くはキスしていたのだと思う。それから亜美はゆっくりと唇を離すと、まじまじと顔を見られるのが嫌で、そのまままことの額に自分の額をくっつけて、少し彼女にもたれ掛かる。そうしていれば、少なくとも表情までは分からないから。
 鏡を見なくても分かる。自分はきっととてもとても赤い顔をしているのだろう。
 ――だって、ものすごくドキドキしているから……。
 こうしているととても近くにお互いの息遣いを感じた。
 ――亜美ちゃん……。
 まことに名を呼ばれたような気がした。
 そう思った途端、今度はまことの方からキスをされた。
 直ぐにまことの柔らかな舌が飛び込んで来る。
「亜、美ちゃ……」
 くぐもった声で名を呼ばれ、またキスをされる。
 いつもよりも少し強引なキスだった。舌を絡め取られ、何度も首の角度を変えては、何度も何度も求められる。
 ――強引、だけれど、嫌ではなかった。
 今ならすんなりと受け入れられる。
 亜美はいつもの受け身のキスではなく、自分からも積極的にまことを求めた。――そうしたかったから。
 受け身ではなく、彼女が好きだから、彼女を求めているから、彼女とキスがしたかった。
 絡んで来る舌を受けて、抱きとめて甘噛みし、尚も踊る舌を吸い、愛撫する。
 やがてまことの腕が亜美の手から離れ、肩を抱いた。亜美もまことの背中へと腕を回し、彼女を抱き締める。
 互いの身体が密着し、更にキスが激しくなる。
「亜美……! ちゃん……」
「まこ、――――ちゃ、」
 その時まことが身を捩(よじ)った。
 唇に意識を集中させていた所為で、あっさりと身体がぐらついた。
 ――ドサリ、
 身体がソファーに沈められた。やけにその音が耳に付く。
「――――ッ!」
 二人して同時に息を飲んだのが分かる。
 まことは亜美の胸の上で、亜美はまことの胸の下で、互いの鼓動の速さを知る。
「――ッ、ごめッ!」
 まことは勢い良く身体を起こし、両腕で上体を支えたまま、咄嗟に叫んだ。
「ごめん! そんな、……そんなつもりじゃく……ッ、ないんだよ、ホント! ごめんね!」
「…………」
 亜美は驚いて息も接げなかった。まことの戸惑った顔を見上げ、呆然と彼女の顔を見つめた。
「……ごめん」
 まことの顔が真っ赤に紅潮して行く。
「…………いいの」
 掠れた声でそう言うと、結局後は何も言う事が出来なくて、後はただ懸命に深い呼吸を繰り返した。まことも肩を上下させて深くて速い呼吸を繰り返していた。
 やがてまことはゆっくりと身体を起こすと、正面を向いて座り直した。恥ずかしさから亜美と視線を合わす事が出来なかった。
 心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、考えがまとまらない。
 ――どうしよう……、亜美ちゃんにあんな事……。
 キス以上の事。
 その先の事を考えた事がなかった訳ではないが、今直ぐ彼女と……という気持ちはなかった。しばらくはこのままでいいと思っていたし、彼女もそうだと思っていた。
 今もまだ胸がドキドキしている。
 好きだと思う気持ちが先走って、もっと彼女とキスをしたい、強く触れ合いたいと思っていたら、なんというか勢いでこんな事になってしまっていて……。彼女を酷く驚かせてしまった。
 ぐちゃぐちゃとまとまらない頭でそんな事を考えていたら、その内に、亜美も身体を起こしてソファーに座り直したようだった。衣擦れの音と、微かなソファーの軋みでそれと分かった。
 亜美は乱れて少し裾の上がってしまったセーラー服を正しながら、まことと同じように正面を向いて居住まいを正す。
 互いに無言のまま、何も言う事が出来なかった。何を言ったらいいのか分からなくて、何を考えたらいいかすら分からなかった。
 今迄視界の端に何となく置きっぱなしにしていた扱いの分からぬ玩具を、いきなり目の前に押し出され、それをどう扱ったらいいのか持て余している子供のようだ。……そうだ、子供だ。
 ただ、この感情を持て余して、いつまでも静まらない鼓動の昂りを感じている事しか出来なかった。
「――もう……、行かないといけない時間……だね」
 言葉を発するべきタイミングも掴めないまま、まことが腕時計に視線を落としながら苦し紛れにぽつりと言うと、亜美は酷く間の悪い、歯切れの悪い応答を返した。
「…………そうね」
 そうして、またしても沈黙が二人の間に些か重く沈澱していく。
 その沈黙を持て余し、時間を気にする振りをしてまことが立ち上がろうとした時。
 ――トン。
 亜美が、腰を浮かせようとするまことの肩に凭れかかった。
 まことは立ち上がるタイミングを逸し、そのままの姿勢で呼吸ひとつ分の僅かな間動きをとめる。
 その間に、亜美がぽつりと言った。
 ぽつりと、小さな声で、何気ないように。穏やかないつもの亜美の声で。
「……びっくり、しちゃった」
 まことはその一言で、胸の閊えが取れた気がして、詰めていた息を吐き出した。
「……あたしも」
 そして肩に感じる亜美の重みに囁きかける。
「――びっくりした」
 言った途端、二人で吹き出してしまった。
 だって、本当にふたりしてびっくりしてしまったのだから。
 好きで、大好きで、でも――こんな風になるなんて、突然の事で、びっくり。好きだけど、キスだっていっぱいしたいけど、でも……。
 笑いながらまことは、視線は合わせずに、前を向いたまま亜美の手を取った。亜美もその手を握り返す。
 言葉にしなくても、笑い合えるだけで、お互いの気持ちが伝わって……――否、伝わるんじゃなくて、ふたりでひとつの物を共有している感じがした。
「そろそろ行かないとね。もう随分遅くなっちゃったね」
 まことが切り出すと亜美もこくりと頷く。
「そうね。皆、もう神社に来ちゃってるかしら?」
 そしてふたり同時に立ち上がる。
「レイちゃん、用事があって帰りが遅くなるとは言っていたけれど……さすがにもう帰ってるわよね」
「……ちょっと亜美ちゃんの家に寄るだけのつもりだったのに、遅くなっちゃって……ごめんね」
「…………いいの。いいから」
 ――ね、と亜美が微笑みかけてくれる。顔を赤らめて。
 まことも赤い顔のまま、ただ頷いた。
「うん……」
 そして手を握る指に力を込めた。
「じゃ、行こっか」
「――あ、待って」
 歩き出そうとしたまことを止めて、亜美は屈み込んで、ソファーの上の何かを拾った。
「あ」
 まことは亜美の手の中のそれを見て、思わず苦笑いを浮かべる。
 亜美はちょっと困った表情を浮かべ、結ばれた茎をまじまじと見つめた。
 ……全くこういう事だけは妙に器用なんだから。
 そしてまことを見上げて言った。
「……まこちゃんは、上手なのね」
「へ? 何が?」
 くるりと背を向けると、亜美はまことの手を解いてリビングのドアへと向かった。
「――内緒!」

Fin.








POSTSCRIPT
あとがき
★ほのぼのはどこいった〜〜〜〜! ぎゃっふーん!
★え〜、for ヤングアダルツ劇場で死た(爆)…「ヤング」アダルツ。アダルツではごじゃりません(必死に抵抗)

★今回二部構成にしたのは、後半そんなだから。前半もほのぼのとは程遠いですがね。あ〜ああ、ネタ思い付いた当初はこんな話になる予定じゃなかったんですけどね。書き進めていく内、どうにも収拾つかなくなってしまいました、私の妄想が(爆)
★お・し・た・お・す・な・よ!(ぎゃふん)

★ちなみに。会社で美味しいさくらんぼ(from 山形)を頂いたので、ぬぼ〜っとこんな話を思い付いてしまいましたよ。試しに茎が結べるかもこっそりチャレンジしてしまいましたよ。仕事しながらもぐもぐ。…出来なかったですが(むきー)昔は出来たのになあ。しみじみ…。
★さくらんぼ。好きです。おいしい。皆さんは茎が口で結べますか〜(聞くな)

★ち・な・み・に。ちうの善し悪しは上手い下手ではなくて、いかに互いに気持ちが満たされるか、とかそういった事を百戦錬磨の恋愛の鉄人に伺いました(笑)そんなの(上手いちうの仕方なんて)聞くな! …だって、いかにもテクニシャンそうだったからなんとなく…(笑)だってよ〜、ラーメンでチョウチョ結びが出来る(!)とか言うから気になるじゃんかよ〜(笑)どきどき(ドキドキすんな!)
★だもんで、まこちゃんが亜美ちゃんを押し倒してしまったのは、亜美ちゃんのちうが上手だったからではなく、気持ちが満たされたから、です(わざわざ否定すんな)




Waterfall//Saku Takano
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