夏の一日の |
――嬉しくて。 「どうしたの? 亜美ちゃんなんだか嬉しそう」 「そ、そう?」 「ええ、なんだかニコニコしてる」 「そうそう、今ちょっと何か思い出し笑いしてた!」 「べ、別になんでもないのよ?」 「そう?」 「ええ。本当に。なんでもないの」 ――本当に。 ◆ ◆ 夏休み5日目。今日の予定は午前中から昼過ぎまで塾の夏期講習。その後は皆で一度火川神社に集合してミーティングをして、そのついでに遊園地のプールに行く予定。 ……本当は一体どっちが「ついで」なのかしら? 皆の口振りからして、きっとミーティングの方がついでなんじゃないのかしら? ――もう! ――…………でも。 そうは言っても、亜美自身本音を言えば、プールや、その後の遊園地の花火大会だってかなり楽しみだったのだ。 スポーツクラブにはない流れるプールやウォータースライダー。今日のお天気なら、きっとすごく気持ちが良さそう。想像しただけで楽しくなってしまう。 真夏の日射しに水の踊る感触。 カップルや親子連れの楽し気な歓声。 みんなの笑い声。 早くみんなに会いたくなってしまう。 ベッドから起き出してカーテンを開け、窓を開けると、もう強い日射しが照り始めていて、思わず眩しさに目を細めた。 伸びをして、けだるい身体におはようと声をかけて起き上がる。 窓から風が飛び込んで来てカーテンを一度大きくはためかせると、カ−テン越しに真っ白な入道雲が夏の空にどこまでも高く高く広がっていた。 顔を洗ってすっきり目が覚めた所で、部屋に戻ってクローゼットの扉を開け、引き出しを引き出す。ちょっと悩んで、お気に入りのキャミソールを手に取った。 それからハンガーに掛かったスカートを一通り眺め、キャミソールに合いそうな、今日の空の色に似た青いスカートを取り、ベッドの上でキャミソールと合わせてみる。 うん。大丈夫みたい。 サンダルは白いストラップレスのにしよう。 そう思いながらパジャマを脱いで、ショーツとお揃いのパステルブルーのブラを身に着け、キャミソールに腕を通した。 ――あら? キャミソールを頭に通そうと被りかけて、ふと手が止まる。 この、感じ……。 キャミソールに頭を通しきちんと裾を下ろしてから、改めてキャミソールにそっと顔を近付けた。 ふわりと香る。 まこちゃんの……匂い。 まこちゃんのお洋服の香り。 ふわりと鼻孔をくすぐって、夏の気配に紛れて直ぐに消えてしまったけど。 ――そういえば。 この間まこちゃんのお家にお泊まりに行った時に、この服を来て行き、どうせついでだからと言う彼女の言葉に甘えて彼女の衣類と一緒に洗ってもらったのだった。 キャミソールの首回りをたくしあげると、ほんのりと彼女の匂いがして、なんだか、すごく、嬉しくなった。すごく。良い感じ。 まこちゃんの匂い。 自分の服なのに、まるで自分のじゃなくてまこちゃんの服を着ているみたい。 なんだか、まこちゃんが近くにいてくれるみたいで――。 「ふふふ」 まこちゃんの匂い。 まこちゃんがお洗濯してくれた、まこちゃんのお洋服と同じ香り。 「ふふふ」 「どうしたの? 亜美ちゃんなんだか嬉しそう」 「そ、そう?」 さすがに美奈子ちゃんは勘が鋭くて、何も悪いことはないのにドキリとしてしまう。 「ええ、なんだかニコニコしてる」 レイちゃんまでが面白がりながら私の顔を覗き込んでくる。 「そうそう、今ちょっと何か思い出し笑いしてた!」 「べ、別になんでもないのよ?」 うさぎちゃんの指摘を否定しながら、顔の前で手を振ると、プールの脱衣場に漂う塩素の匂いに混じってまたまこちゃんの匂いがして。 「そう?」 当の本人が横から顔を覗いて来るものだから、着ている服からふわりと香る匂いに少しドキドキしてしまう。 「ええ。本当に。なんでもないの」 ――本当に。 こんななんでもない事が、嬉しくて。 「ホラ! ぐずぐずしてると置いてっちゃうからね!」 「あ、待って!」 既に水着に着替え終わった彼女は萎んだビーチボールを手にして、私の肩をポンと叩く。 「コレ膨らませてる間に着替えないと、ホントに置いて行くからね、亜美ちゃん!」 「あ〜まこちゃん、あたしと競争しようよ! 負けた方はアイスおごり!」 「ええッ!?」 「あ! あたしもやるわよ、うさぎちゃん! じゃあ、リレーにしましょうよ! ホラ、レイちゃんもちんたら着替えてないで!」 「あたしもなの!?」 「そうよ、じゃ、亜美ちゃんは審判ね!」 「えッ!?」 「負けたチームは亜美ちゃんにも奢るのよ! じゃ、グーパー行くわよ!」 ――グーパー、グーパー、グーパー、ッショ!! 脱衣所にひと際高らかな彼女たちの声がこだまする。 夏は、まだ始まったばかり。 fin. |
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