Drunken Driving |
――みちゃん
……あみちゃん、だいじょうぶ? ねむってるのかい? じゃ、ほらおきて ああ、いったそばから、もう…… あ、こら え? あ、あみちゃん? じゃ、いた――ら――ちゃうよ おき――みちゃんがわるいんだからね…… ――あみちゃ――…… 「ん……」 不意に、唇にやわらかなものが触れた。 それが一体何なのか――分かるようで――、否、でも、分からないもののようでもあり、実の所何が何だか分からない。ただ全く嫌な気はしないし、寧ろ心地よく感じてあっさりとそれを受け入れる。 「んん――」 思考も感覚もどこが現実味がなく、感触もはっきりしない。ただよく知っているもののように思う。唇を割って進入してきたそれに、自我のない赤ん坊が無自覚に指を吸うように同じく吸い付いていた。 「……ッ」 やがて徐にそれがなんだか分かる。触れた感触と慣れた動きに、それが彼女の唇だと分かる。 「ん――まこ、ちゃん?」 ――今頃気付いたのかい? 一瞬、身体が強ばる。 現状を理解しようとして重く閉じた瞼をしばたたかせる。と同時に横になった自分に覆いかぶさるまことの肩を掴んで押し戻す。 「おっと」 しかし当のまことは亜美の抵抗を物ともせず、然も赤子をあやすように余裕の体でやんわりといなし、亜美の赤ら顔を見下ろした。 ――こんな時だってしっかり抵抗しようとするんだもんな、ホント、ガードが固いよな、亜美ちゃんって。そう心の中で独りごつまことの小さな落胆を亜美は知らない。 「まこちゃん、ここ……どこ?」 言って、亜美は思わずまことから目を逸らした。先程交したくちづけの感触が徐々に蘇る。明らかに深かった。おまけに随分と積極的なキスを……してはいなかったか、自分は? もうヤだ。 絶対まこちゃん変に思ったはずよ。 寝ぼけていたとはいえ、あんな風に……! 「どこって……。ホントに分からないの? 大丈夫かい?」 意識がはっきりしてくると同時に少しずつ感覚が現実味を帯びてくる。だが記憶は未だあやふやで、どうしてこのような現状に至ったのかまるで思い出せない。 しばし思考を巡らせていると、また直ぐに唇を封じられてしまった。 「ん……だ、だめ……やッ」 抵抗してみるが身体に力が入らず、これでは殆ど無抵抗と変わらない。吹き出すようにこぼれた彼女の吐息がくすぐったい。 「わら――わ、ないで。どうして、わら、うの?」 問い掛けた途端、また彼女が笑う。 「亜美ちゃんがいつもと違うから、なんだか可笑しくて、ね」 そして瞼にキスを落とされる。柔らかな音が耳に届く。聞きなれた音に安堵して、笑うまいと思いつつも自然と笑みがこぼれてしまう。――もっと、してほしい。そう思ったが否、このまま甘やかな雰囲気に流されるまいと懸命に重い瞼を開いた。 すると、当たり前だが目の前にまことがいて。 それだけで現状の不確かさなんてどうでも良くなって、満たされた気持ちになってしまう。それがなんだか可笑しくて。 誰かがそこに存在しているだけでこれ程までに情調が揺れ動くなんて、人はなんて面白い生物なのだろうか――そんな事をぼんやりと考える。 「ねえ、ここは、どこ? 私……?」 視線を前に向けるとまことの肩越しに見慣れない真っ白な天井が見える。背中には肌触りのよいシーツの感触。まことは亜美に上半身だけ覆いかぶさるようにして、亜美の両脇に手を突いて自身の上体を支えているので、決して重くはない。微かに触れ合う温もりが温かくて気持ちが良かった。 「もう、ホントに何も覚えてないの? どこから?」 「どこからって――」 言われて記憶を辿るが、直ぐには答えが出て来ない。 ああ、そうだ。お酒をちょっと飲んだ所までは――。そうそう。カクテルを勧められて一杯くらい飲んだんだわ。ああでもどうしてお酒なんて飲んだのかしら? 私たちまだ未成年だしお酒なんて――。 「お酒……」 「そうそう。亜美ちゃんカシスグレープフルーツ飲んだんだよ。三杯も。覚えてないの?」 「さんばい?」 全く記憶がない。まことがそう言うのだからそうなのだろうが、まことが言うのでなければ騙されたのだと思って疑ってしまう所だ。 「私……?」 「もう。記憶がなくなる前にやめなくちゃダメだろ。あたしが気付いたから良かったものの……、何杯飲む気だったのさ」 「だって……」 思わずふくれる。飲酒の量がどうのと記憶に無いことを咎められても素直にうんとは言えない。否、昔の自分なら直ぐにごめんなさいと謝ってしまっただろうが、今はまことと二人きりだという事もあって少しのわがままなら言ったって構わない、そんな気がする。――もしかしたらお酒の勢いもあるのかも知れないけれど。 「拗ねないの」 言って、膨らませた頬を突つかれる。 確かに口に残ったアルコールの香りに、彼女の証言の正しい事が裏付けされる。未だ少し感覚も鈍い。鈍いというか感覚がふわふわと浮き足立っているようだ。確かに酔っているらしい。 「ここ、みちるさんの別荘だよ。分かる? みちるさんたちに誘われて皆で旅行に来てるんだよ」 「ああ……」 言われてなんとなくそうだったとそんな気がしなくもない。否、そうだ。GWだからと二泊三日で近郊の別荘に遊びに来ているのだ。うさぎとレイと美奈子と、ちびうさとほたるとせつなと、それからもちろんはるかとみちる自身も。 二泊目の今日は皆で羽目を外して買い込んだお酒とお菓子とで盛り上がって――二時間程皆で談笑しつつ盛り上がっていたのは記憶にあるが、それ以降の記憶がない。つまり酔いつぶれてまことに介抱されているという訳か。 「ごめんなさい、思い出した……わ。私ったら調子に乗って酔っちゃうなんて」 「たまにはね、いいんじゃないの。それにしても亜美ちゃんがあんなにあっさりお酒飲むなんて驚いた。未成年なんだからって怒るかと思った」 そう言って肩を竦ませておどける彼女の肩へと落ちた髪に触れ、柔らかく漉く。 まことの言う通り、確かに未成年の飲酒は精神的にも身体的にも決して健全であるとは言えないし手放しで賛成は出来ないが、良い子でいるばかりが意義のある事でもあるまい。そう教えてくれたのはまことや仲間たちだ。 「私って、そんなに……頭でっかちで怒りっぽい、かしら?」 「ああいや、そういうんじゃなくてさ。あたしは亜美ちゃんのそういう生真面目な所って好きだから……」 「……不真面目な私は、嫌?」 酔った勢いだと自分に言い訳をして、わざと意地悪な問い掛けをしてしまう。口をとがらせて上目遣いに彼女をにらむ。――きっと彼女はこう言う、そんな事ないよ、って。今はどうしてもその答えが聞きたくて、彼女の優しさにつけ込んで、わざと拗ねてみせる。 「――もう好きじゃなくなった?」 そんな訳がない事を実感して分かっているのに。 最初は友人として始まった二人の関係は、今やその頃とは少し形を変えもっと深いものへと変わっていたし、彼女の愛情表現は言葉で表される以上にもっと確かな、それが愛情というものの全てではないけれど決して曖昧な気持ちでは出来ない肉体的な繋がりでだって実感出来た。最初は戸惑いもあったが――自分だけでなく、まこと自身にだって――でも今は最初の頃よりもっと素直な気持ちで受け入れられる。 それだけの繋がりがあると信じられたから。 だが返って来た答えは予想に反しているものだった。 「さて、どうかな?」 しれっと、然して重大な事ではないように悪びれずに言う彼女。 微かに亜美の表情が強ばる。まことの髪を漉いていた手の動きが止まり、まことの肩にぶつかったまま行き場を失う。 「…………」 「あたしはさ、亜美ちゃんの生真面目で頑固で恋愛音痴で……それに、頑張りやさんで純情なところが好きなんだもん。不真面目な亜美ちゃんなんて、ちょっとどうかなあ」 「…………」 言われてなんだか無性に悲しくなる。こんなたわいもない会話で悲しくなるなんて恐らくはお酒の影響もあるのだろうけれど、兎に角どんどん悲しくなってくる。思わず泣いてしまいそうで両手で顔を覆った。 「え? あ、ごめん! な、泣かせるつもりじゃないんだよ。そうじゃなくってさ」 「……いいの。私がいけないんだもの」 「ああ、だからそうじゃなくってさ。その……さっきの亜美ちゃんがすごく可愛くてさ、いじわる言っちゃったんだよ。嘘だよ、嘘。好きじゃなくなる訳ないだろ」 そう言ってまことが亜美の手をどけようと力加減を気にしつつ亜美の手を握る。少しずらされた所で、煌々と灯る部屋の明かりと共にまことの顔が視界に入る。ちょっと心配そうな表情(かお)。 「……好きじゃなくなったり、しない?」 「もう、当たり前だろ。あんな亜美ちゃん好きになりこそすれ嫌いになる訳ないだろ?」 「?」 『あんな』亜美ちゃん? さっき? まことの言葉を反芻してみるが何やら――妙だ。 「さっきって……な――」 何かあったの、と言い掛けた瞬間、はたと気付く。 着ていたシャツがはだけている。 「な!」 「思い出した?」 だらしない笑みを浮かべてまことが亜美の裸の胸元をつつく。下着は辛うじて着けているが、ホックは外されていた。 「や!」 慌てて左右に大きく開いたシャツの襟を引き合わせようとするが、まことが上に覆いかぶさっている所為で上手く引き寄せられない。そうこうしている間に再びまことの唇が迫る。 「だ、だめ!」 「どうして? いいじゃないか。さっきはあんなに……。ねえ?」 あんなに、何だと言うのだ。 「何言って――」 「不真面目そうな……ちょっと大胆な亜美ちゃんも可愛かったよ?」 「!!」 思わず逃げ出そうとするが、腰に体重を乗せられ、脚も思うように動かず起き上がる事も出来ない。 「離して!」 「あ……顔、真っ赤だよ」 まことはいたずらが成功した子供のように得意げな笑みを浮かべる。 「もう、ヤだ! 離して!」 「だめだよ、そんなに大きな声出しちゃ。皆に聞こえちゃうだろ?」 「……!」 「そうそう、静かにしないとね」 そう言ってまことが再び瞼にキスを落とそうとするのを辛うじて制して、やや声量を落としつつ亜美が言った。 「今、何時なの?」 「へ?」 「何時?」 「えっと……多分午前二時くらいじゃないかな? 一時過ぎに部屋に戻って来たから」 「…………」 確かに――確かにその位の時間があったのならそういった行為に及ぶのも決して不可能な事ではないのかもしれない――全く記憶にないけれど――まことの言葉を信じればつまりそういう行為に及んでいたという事で、おまけに自分はどうも彼女の言を借りれば『大胆』だったらしく、という事はつまりこちらからそれなりに――――? そう思ったら猛烈に恥ずかしくなってどうしようもなくなる。どんどん顔の温度が上がっていく。 「み、美奈子ちゃんとレイちゃんは?」 深夜二時、二人はまだ起きているのだろうか? 隣室は彼女ら二人に宛てがわれており、万一彼女らが宴を催していたリビングから戻って来ているのであれば非常にまずい事態となる。向かいの部屋はうさぎとちびうさに宛てがわれているが、そちらに声が漏れる事はないと思うが……。 「二人ならまだ戻って来てないよ。一番最初に亜美ちゃんがツブれちゃったんだから。……ああ、ちびうさちゃんとほたるちゃんはリビングで寝ちゃってたけどね」 「……そう」 「……亜美ちゃん、怒ってるの?」 亜美の低い声音に、途端にまことも不安そうな声を出す。こちらの態度をちょっと硬化させると、思った通りの素直な反応を返すのは彼女の長所でもあり又短所でもあるが、今はそんな事は関係なくて。 「怒っているんじゃないわ。ただ……」 「ただ?」 「…………」 亜美は再び顔を背け、両腕を顔の前で交差させまことからの視線を逃れる。 「……………………」 「あれ? どうしたの、亜美ちゃん。あれ? な、泣いてるの?」 顔を隠したまま何も言わない亜美を不安に思ってまことがオロオロと声を掛ける。 「泣いてなんかないわ。……私――」 記憶のない間、一体何があったのか。それを考えただけでどうしようもなく恥ずかしくなる。今すぐ逃げ出してしまいたいのに、それもさせてくれないなんて。 こうしているだけでもひたすらに羞恥心ばかりが込み上げてくる。 「亜美……ちゃん」 「…………」 「耳、すごく真っ赤だけど」 言われて交差させた腕を更にきつく組み耳を覆う。思わず身体までもよじる。顔が熱い。顔どころか全身が熱い。 声音だけで分かる。まこちゃんは今、私を見て笑っている。――さっきまでは不安そうな声出してたくせに。 「……まこちゃん、離して」 「離したら、どうするの?」 やっぱり。絶対笑ってる。 「お風呂に入る」 「だめ」 「入る」 「まだアルコール抜けてないんだからだめだよ。お風呂で倒れちゃうだろ」 「もう冷めたわ」 「だめだよ。ね、ほら、顔見せて」 頑なに腕を組み、まことの呼び掛けを拒む。 「ね、ほら」 優しく声をかけられ、ほんの少しだけ腕を緩める。 腕の間から指を差し込まれ指先で頬をくすぐられる。こそばゆさとまことの優しげな声にそそのかされて、さらに腕を緩めた。 「ばあ」 “いないいないばあ”のつもりか、まことがおどけた表情で覗き込んでくる。 「……もう」 「からかってごめん」 そう言うとまことは優しく亜美の身体を包み込んだ。言葉を交わす代わりに、温もりで気持ちを伝えあう。ごめんとか、本当はちょっと怒ってたりするんだとか。 「……からかってたの?」 「ちょっとだけ」 「……いじわる」 そして亜美の手を取り、ゆっくりと身体を起こす。二人してベッドの縁に腰掛け、まことが亜美のシャツに手を掛け気遣わしげに襟を合わせる。 その時に不意に気付いたのだが、まことは着衣を脱いでもいないし、亜美にしても多少乱れているもののスカートを脱がされているわけではないし、下着も勿論着けている……と思う。 「……?」 「あ〜あ、ざんね〜〜ん」 そう言うとまことは、今度は亜美の身体をきつく抱き締めた。 「え?」 「結局“おあずけ”になっちゃった!」 「……え?」 まことは身体を引き離すと、きょとんとした亜美の目を見て苦笑する。 「――してないよ、ホントは。まさか酔っぱらって意識のない亜美ちゃんを襲う訳ないだろ? それともしても良かった?」 「え、し……してないって……?」 混乱した亜美の耳元に唇を寄せて、まことがぽつりと呟く。 「えっち」 がばっと音がする位に猛烈な勢いで亜美が身体を反らし、再び沸点を越えた彼女の顔が真っ赤に染まる。 「……部屋に戻って横にして、取りあえずブラだけ外そうとしたらさ、亜美ちゃんから迫ってくるから、いいのかな、とは思ったんだけど」 「せまっ……?」 「そう。『まこちゃーん、キスしてー』って。こうやってあたしの首に腕回してさ」 身振りを交え、実際に亜美の首に腕を回して再現してみせるまこと。 「い、言ってないわ、そんな事!」 「言ったよ。だからあたしキスしたんだもん」 「言ってな――」 「可愛かったよ、大胆な亜美ちゃん」 「!」 ――不敵に微笑むまこと。口元は余裕の笑みをたたえているが、眼差しはどこか真剣味を帯び、またからかわれているのかと思ったが、結局何が真実で何が嘘なのかまるで分からない。 「……もう、酔いは冷めたって、言ったよね」 まことがにやりと笑う。 亜美の剥き出しの膝にまことの長い指が触れる。触れた瞬間に身体がびくりと震える。 まことの唇が近づき、可否を応える前にその距離が縮められる。 「まこちゃ……」 唇が触れ、その僅かな間に脳があらゆる問題、可能性を提議し判決を下し始める。このまままことに流されていいものか――みんなは――リビングにいる筈、部屋には――二人っきり、時刻は――夜明けまでには時間がある、明日の朝は――今晩夜遅くまで起きているだろうから起床は遅めでと皆で相談してある、だがしかしここは――みちるの別荘のゲストルーム。常識に反してやいないか? 道徳は、節義は? やがて拒むよりも早くまことの舌が進入してくる。 舌と同じ素早さでまことの手がシャツを掻き分け、素肌に触れる。舌が絡めとられ、指が這い上がる。 「んッ」 ホックが外されたままの下着の下に手を差し込められ、過敏になった箇所に指が触れ―――― 「だ、駄目!」 触れた瞬間に亜美が身体を引き離す。 「亜美……ちゃん?」 「やっぱりこんなのダメよ。絶対ダメ!」 胸に触れたまことの腕を両手で掴み力一杯抵抗する。思わずまことも反射的に抵抗してしまい、腕に力を入れ微動だにさせない。いつの間にか一度離れた指先は又も亜美に触れていた。 なんだか妙な格好だな、と思わなくもないが、このまま手を離してしまったら本当におあずけになってしまう。そう思った瞬間、亜美と目が合った。 「!」 お互いに気まずくなるが、反って手が離せなくなる。 するとみるみる亜美の顔が赤くなっていくのが分かり、あっという間に耳も首も真っ赤に染まり上がる。瞳も潤み涙目になる。ぎゅ、と腕を掴まれ、胸に触れた指先よりもそちらに神経が集中する。 ――うわ! その瞬間まことの動悸も早くなり、亜美とは違った理由でまことも顔を赤らめる。 どうしよう。すごく可愛い。 やばい。すごく可愛い。絶対おあずけなんて無理! 「亜美ちゃん、すごく……好き」 自分でもなんて間の抜けた事言ってるんだとは思ったが、言うなり口付けて、掴まれた腕を物ともせず亜美をベッドの上へ押し倒す。それでも精一杯理性を働かせて、本当に亜美が嫌がりはしないか様子を窺う。顔ごと視線を逸らす亜美。相変わらず顔は真っ赤だが――多分、大丈夫。こういう時の亜美ちゃんは嫌ならちゃんと嫌って言う(さっきの『ダメ』はさっきの分。今は今!) 大丈夫。 唇を熱を帯びた首筋に這わせる。抵抗は――ない。あっても亜美ちゃん優しいから、甘えちゃえばオッケーだし。 次いでシャツに手を掛け、赤く染まった素肌を外気にさらす。緩やかに肩に掛かる下着(ブラ)のストラップに指を絡めた時―― 「まこと、亜美の具合はどうだい?」 ノックの音と共に澄んだ美声が響く。 「入るよ」 背筋が氷る。自分も相当驚いたが亜美も硬直している。 ダメ。入っちゃダメ! ってか鍵、鍵! 鍵掛かってる筈―― ――キイ。 なんで開くんだ。……あ、そういえば鍵掛けんの忘れてた。 わ――――――――――――――…………………… 「おっと。……どうやら具合は悪くはなさそうだね」 一瞬の間の後、然して動じてはいない涼やかな声が背中に届く。こんな時にまで爽やかだとは。恐るべし天王はるか。 「お楽しみ中の所失礼したね。――ああ。まこと、そういう時は無理せず、優しくしてやらなくちゃダメだぜ」 パタン。 「はるか、亜美の具合はどうだったの?」 「みちる、亜美の事は僕たちが心配しなくても大丈夫さ。まことが手厚く看護しているよ」 ◆ ◆ 「……………………」「……………………亜美ちゃん」 「……………………」 「ごめん」 「どいて。お風呂に入るわ」 「……はい」 すごすごと起き上がると、ぴっちりシャツの襟を合わせた亜美がまことの側をすり抜けていく。その背中にめげずに声を掛けるまこと。 「亜美ちゃん一人じゃ心配だから、一緒に入る?」 「…………。まこちゃんと一緒の方が心配だから、結構よ」 「今、間があっ――」 「ありません」 バタン。 まことを拒絶するかのように脱衣所のドアが閉じられた。 カチャン。――きっちり鍵を掛けられて。 fin. |
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