輪廻の夢


[R18]
※18歳未満の方は御覧にならないでください。


わたしたちは、

また――恋に落ちる。



「千歌音ちゃん、あの……その……、あのね」
 亜麻色の髪の少女が、もじもじとしながら何かを言いあぐねて俯く。バラ園に時折そよ風が駆け抜けては、彼女のトレードマークとも言える大きなリボンを優しく揺らした。
「なぁに? 姫子」
 姫宮千歌音はいつくしむような笑顔で、隣に腰を下ろしている亜麻色の髪の少女――来栖川姫子を見つめた。
 少女たちを包み込むように甘いバラの香りが薫る。
 本来、立ち入り禁止の小さな箱庭のようなバラの園には、ふたりの他には誰もいない。こうしていられるのは生徒会副会長であり、この乙橘学園と深い関わりのある姫宮の令嬢である千歌音の特権だった。
 色とりどりのバラが小さな箱庭を包み込むように生い茂り、甘やかな香りを振りまく。そこはふたりだけの秘密の、夢のような場所だった。
「あの……、あのね」
「どうしたの、姫子」
 姫子と呼ばれた少女が言いあぐねても、それをせかしたりはしない。千歌音はただ優しく微笑んで姫子の言葉を待った。それはまるで姉のような優しさだった。包み込むように、慈しむように――。
 そんな彼女の優しげな眼差しに見守られ、ようやく意を決した姫子が桜色の唇を開いた。
「あのね、千歌音ちゃん、どうかした? なんだか最近……元気がないみたいだから……」
 そう言って慌てて、わたしの勘違いだったらごめんね、と付け足す。まるで子犬のようだ。か弱くて、でもいつもそばにいてくれてとてもあたたかな存在。
「ありがとう姫子。でも別になんでもないわ。わたしは元気よ」
 千歌音はそう言ってやわらかく首をかしげ、優しく微笑んで見せる。すると艶やかな緑の黒髪がサラサラと肩から滑り落ちた。
 姫子はそんな千歌音に見とれて、ほんの少し頬を赤らめ、こくりと頷いた。
「千歌音ちゃんがそう言うなら……」
「ええ。心配してくれたのね。ありがとう、姫子」
 千歌音はそっと姫子を抱きしめた。
 優しくてあたたかくて、まるで春のお日様のような姫子。こうして彼女のそばにいられるだけでいい。
 こうして彼女を抱きしめれば、優しく抱き返してくれる。ただそれだけでいい。――それだけで。――これ以上望んではいけないから――。
 不意にもたれかかるようにしていた姫子が顔を上げた。千歌音はそっと腕の力を弛め、姫子を見下ろす。
「千歌音ちゃん……」
 消え入ってしまいそうな声だった。千歌音は姫子のやわらかな手を握り、優しく微笑む。互いの心臓がほんの少しだけ鼓動を強く刻み始める。
 彼女の頬が赤く染まった。ほんのりと桜色に。
 そして潤んだ瞳がゆっくりと閉じられる。
 それは秘密の合図だった。千歌音もいざなわれるようにそっと瞳を閉じた。
 やわらかな唇が重なり合い、唇にあたたかなぬくもりを感じた。
 やわらかくてあたたかくて、甘い、姫子の唇。
 千歌音は大切に大切に優しくやわらかくその小さな唇と甘い蜜を味わった。
 ……姫子……。愛しているわ。
 愛して――――。

 やがて唇が離れた。
 ゆっくりと身体を離し、千歌音は立ち上がった。
「さあ、もう行きましょう。授業が始まってしまうわ」
 するりと離れたぬくもりに、姫子が戸惑いながら千歌音を追うように立ち上がった。
「あ、うん……」
 慌てて追いかけようとしてつまずく。
「きゃ」
 けれどすぐに千歌音が手を差し出す。
「大丈夫、姫子?」
「うん!」
 それはいつもと変わらない優しい千歌音だった。
 姫子はしっかりとその手を握った。もう二度と離れないように――。
 ずっと一緒だよね、そう、信じて――。


 千歌音は同級生のつがえた弓矢に後ろから手を添え、言った。
「ええ、そう。いいわ。そのまま引き分けて」
 言われた通りに同級生が弓を押し開いて矢を引く。ぴんと弦が引き絞られ、ゆっくりと千歌音が離れると、しなった弓がいよいよしなりを強めていく。
「そう、いいわ。『会』の型を意識して。そう、――離して」
 合図と共に矢が放たれた。
 風を切る音がして、矢が的に当たる。ぱっと同級生の顔が明るくなった。
「その姿勢を忘れずに。呼吸を大切にね」
「はい!」
「次の人――」

「こちらの書類はそれで間違いありません。はい、分かりました。伝えておきます」
 職員室から出て来たのは、長い黒髪の少女、千歌音だった。礼をして退出しようとした千歌音に教師が念押しする。
「頼むぞ、宮様」
 教師の言った言葉に、千歌音が足を止めた。言い間違いに気づいた教師が笑って訂正する。
「おっと、生徒たちがお前を宮様なんて呼ぶからついうっかりな。姫宮、頼んだぞ」
「はい」
 千歌音はきびすを返し、そのまま夕闇に包まれた廊下を進んだ。放課後の、人気のない廊下に千歌音の足音だけが響き渡る。

「お嬢様、お茶をお持ち致しました」
「ありがとう乙羽さん」
 姫宮邸の広い学習室でペンを走らせていると、お茶を手渡しながらメイドの乙羽が、メイドらしい決して差し出がましくない気遣いで言った。
「お嬢様、そろそろお休みになられては。近頃、根を詰めすぎでございます」
「いいのよ。これは今日中に片付けてしまいたい事だから」
「ですが――」
 淹れたての英国王室御用達の紅茶が温かく香る。けれどそこに別の香りが広がった。すぐにブランデーだと分かる。千歌音の好みを熟知した乙羽が、身体が温まるようにと気を利かせたのだ。
「ありがとう、乙羽さん。でも大丈夫だから」
「ですが……!」
「あの……千歌音ちゃん?」
 ――とその時、ノックと共に姫子の声がし、おずおずと扉が開いた。
「千歌音ちゃんまだ頑張ってるの? もう夜遅い――あっ!」
 重厚な扉の影からのぞくように姫子が顔を出す。けれど乙羽の姿に気がつくと驚いてぴょこんと肩をすくませた。
「ご、ごめんなさい! わたし、あの……っ」
「いいのよ、来栖川さん。乙羽さん、もういいわ」
「……はい」
「来栖川さん、いらっしゃい」
 呼ばれて入れ替わりに姫子がやって来る。おずおずと歩いて来る姫子の向こうで乙羽が頭を下げる。
「……失礼いたします」
 紅茶なんてきっと冷めてしまうに違いないと思いながら――。
「どうしたの、姫子」
「もう夜遅いから、なんだか心配になって。……そのお仕事、どうしても今日中じゃなくちゃいけないの?」
 心配と顔に書いたような表情を浮かべて、姫子が千歌音を見つめる。
「どうしてもというわけじゃないけれど……。そうね。姫子が言うなら今日はもうおしまいにするわ」
 そう言ってあっさりとペンを置く千歌音。それを見た姫子が少しだけ安堵した表情を見せた。
「良かった。あんまり無理しないでね、千歌音ちゃん。……あの……あのね」
 するとやはり言いよどむ姫子。
「あのね。千歌音ちゃんはみんなからとっても頼られてるし、忙しいのも分かるんだけど……、その……、でもあんまり無理しないで。最近は特に……なんだか忙しそうにしてるし……わたし、心配で……」
 おずおずと途切れがちになりながらも、必死で訴える姫子。
「それに最近は本当に忙しそうで、いつも何かに追われてるみたいに生徒会のお仕事とか弓道部とか、他にも色々……! なんか……よく、分からないけど……、千歌音ちゃんまるで何かに追われてるみたいだよ。……わたしとバラの園にいてもそう。どこか不安そうで……わたしといるのに、なんだか寂しそうで……! わたし、千歌音ちゃんに何かした? わたし……わたし……っ」
 大きなすみれ色の瞳が潤み始める。千歌音を心配するあまり、押しつぶされそうなくらい胸を痛めているのが分かる。
 千歌音は立ったまま涙ぐむ姫子の手を取り、彼女を見上げて言った。
「優しい姫子。やっぱりあなたはお日様みたい。いつでもあたたかくわたしを照らしてくれるのね」
「千歌音ちゃん……」
「本当に、ありがとう。姫子……」
 ふるふると首を振る姫子。
「ううん、違うよ。わたしはただ千歌音ちゃんが心配で……。あの……、その……」
 俯いて、そして顔を上げる。
「それに……!」
 こちらを向いた姫子の表情が曇る。寂しそうに、今にも泣き出しそうな顔をして。
「あの……、あのね。それだけじゃなくて……。それにね、なんだか千歌音ちゃんが……」
「姫子?」
 再び子犬のような大きな瞳が潤み始める。静かな湖面にさざ波が立つように。そしてすぐに大きな波となった。ぽろぽろと大きな雫がこぼれ落ちる。
 次の瞬間、姫子はこらえきれずに膝をついて、千歌音にしがみついた。
「千歌音ちゃんがどこかに行っちゃいそうで……。最近の千歌音ちゃんを見てると不安になるの。嫌だよ、わたし。離れたくないよ。千歌音ちゃんと絶対離れたくな――」
 顔を上げた姫子の唇に、そっとやわらかな指が当てられた。はっとする姫子。
「突然どうしたの、姫子。わたしはここにいるわ。大丈夫よ。どこへも行ったりしないわ」
「千歌音ちゃん……本当に?」
「ええ。約束するわ」
「ホントにホント?」
「ええ。本当よ」
 そう言うと、徐々に姫子の顔に笑顔が浮かび始めた。直ぐに姫子らしいあたたかな優しい笑顔になる。
「……良かった」
 そしてぎゅっと千歌音を抱きしめる。その身を確かめるように、しっかりと。離れてしまわないように――。
「……大好き、千歌音ちゃん」
「ええ、わたしもよ、姫子」
「千歌音ちゃん……。誰に笑われてもいいよ。わたしは千歌音ちゃんが好き。……女の子同士だって構わないよ。……千歌音ちゃん、大好きだよ……っ」
 そう言うと、千歌音もほほえみを浮かべた。
「ええ、姫子。わたしもあなたが好き。大好きよ、姫子」
 そしてふたりの唇が重なる。
 しばらくするとついばむようなキスになる。姫子の頬が染まった。やわらかな、湿り気を持った唇が重なり合い、そのやわらかな感触に千歌音の頬も染まった。
 互いに遠慮し合うようにおずおずと唇が開かれる。かすかに舌が触れ合うだけで、舞い上がるような心地になった。心臓が早鐘を打つ。甘い蜜の味に、高鳴る互いの鼓動が解け合うようだった。
 愛してる。
 そんな思いが混じり合う。
 もう離れたくない。そんな想いが姫子の腕に力を込めさせる。千歌音の背を抱き、千歌音もそんな姫子に身をゆだねるように身体を寄せ、強くそれでいて決して壊してしまわないようにそっと腕を絡める。
 互いの身体が密着し合う。
 姫子の鼓動が高鳴った。トクトクと――ドクドクと心臓がうるさい。ドキドキしすぎて心臓が破裂しそうなくらい痛い。
 ――痛くてもいいよ。千歌音ちゃんとなら、わたし――。
 本当はとっても優しい千歌音ちゃん。
 強かったり、かっこよかったりするけど、本当の千歌音ちゃんはもっともっと可愛らしい女の子で、いつだってわたしを心の底から愛してくれてた。
 だから……
 痛くたっていいよ。
 ふと、あの夜の、まるで深海のずっと奥の地の底のような瞳の色をした千歌音の姿がよぎる。怖かった。どんなに抵抗しても彼女はその手を止める事はなく、どんなに悲鳴を上げてもやめてはくれなかった。
 でも。
 その恐怖をぬぐい去るように、姫子は千歌音を抱きしめた。
 もう怖くなんてないよ。
 だって、千歌音ちゃんの「本当」を知ったから。
 だから。
 わたし、他の誰でもない、千歌音ちゃんとなら。千歌音ちゃんとだから――。
 だから、痛くてもいいよ――。
「姫子」
 ――それはとても静かな声だった。
 抑揚もなく、静かで、ただ、それだけの――。
「千歌音……ちゃん?」
 はっとした。千歌音の声に、まるで冷水を浴びせられたような気になる。
「もう、今日は休みましょう。明日も早い事だし」
「ちか――」
「ね」
 そうやって微笑んだ顔は、まるで姉のような、そんな慈愛に満ちた顔だった。
「う、うん……」
 そう返すだけで何も言えなくなってしまう。
「おやすみなさい、姫子」
 パタリとドアが閉められる。
 閉じられたドアの向こうに姫子を追いやり、千歌音は頑丈なドアに背を預けた。ドアの冷たさに、一度火照ってしまった身体が冷やされていく。
 いけないのだと分かっていても、身体が火照ってしまうのだけはどうしても抑えきれなかった。キスをして抱きしめて、それから――。
 それから……?
 でもそれからなんてない。その先なんて望んではいけない。あるわけがない。
 自分は前世で姫子を手にかけ、そして今生では彼女を汚してしまった。その先なんて望んでいいわけがない。
 姫子は優しいから、望んだものすべてを受け入れようとしてくれる。あの恐ろしい夜の事だって、まるで何もなかったかのように気丈に振る舞ってくれている。本当は、友達に戻る事だってなかったはずなのに。それなのに彼女は自分を受け入れ、愛してるとまで言ってくれた。
 もちろんその言葉を疑うつもりは微塵もない。
 愛しているからこそ、こうして唇を交わし、抱きしめ合いもする。でも。
 それ以上は罪だから。
 もう二度と彼女を汚す事なんて出来ないから。
 もう、二度と――。
 千歌音は胸にうずく姫子を想い求めてしまう気持ちを押し込めるように、きつく、きつく――瞳を閉じた。

 その扉に、まるで合わせ鏡のように背を預ける姫子。
 厚い扉は重く頑丈で、物音ひとつ聞こえない。
 薄暗い廊下で、ただ月明かりだけが姫子を照らし出していた。


 ドライヤーの風が髪をもてあそぶ。鏡台の鏡に映る黒髪がはらはらと舞うのを無感動なまま見つめ、千歌音はため息をついた。今なら誰にも聞かれないから。
 ほんの少し我慢すればいい。
 そうすれば姫子を傷つけずにいられるのだから。どれだけこの指先が彼女の肌のぬくもりを求めても、唇が彼女の甘やかな蜜を求めても、耐えなければならない。耐えればいいのだ。
 耐えれば綺麗なままの思い出でいられるから――。
 そのためだけに、自分を偽って自らの肉体も精神も酷使した。追い立てられるように日々を過ごしていた。
 残された時間があとわずかなのだと本能が告げていた。あと少し。あと少し耐えれば、耐えられれば、彼女との思い出を美しいままにしておければそれで――良かった。
 ――そう。ひとり残った姫子が、決して悔いる事のないように。今、この時が思い出になったその時、綺麗なままでいられるように。
 否、記憶が消えても構わない。それで彼女を、姫子を美しく輝かせられるならそれで――。
 その時、ドアがノックされた。ドライヤーにかき消されていたようで、何度も何度もノックが続く。
「はい」
「あ、千歌音ちゃん、もしかしてもう寝ちゃってた? ごめんね。わたし――」
 それは姫子の声だった。
 慌ててドアに駆け寄り、ドアを開く。
「どうかした?」
「ごめんね。あの後、お風呂に入ったみたいだったから待ってたんだけど、何時に出るか分からなかったし、もしもう寝るつもりだったら……」
 そう言って姫子が口ごもる。手にはいつぞやのように枕を持って、抱きしめている。そんな仕種にも胸がうずいてしまうのを止められない。
「いいのよ。今、髪を乾かしていたところだったの。だから大丈夫」
「良かった。……ホントだ。千歌音ちゃんの髪の毛、やわらかくてサラサラであったかいね」
 そう言って姫子が髪に触れてにっこりと微笑んだ。突然の事にそれだけでめまいがしそうだった。そのまま彼女の手を取り、口づけてしまいそうになる。けれどそれを必死で押さえ込む。懸命に理性をはたらかせ、いつも通りの笑顔を浮かべて彼女を部屋に招き入れる。
「さあどうぞ。入って」
 ――限られた時間を、少しでも長く、そして綺麗なままでそばにいるために。
 おずおずと入ってくる姫子。優しげな香りが漂い、かぎ慣れたその香りに胸が締めつけられる。どんなに気持ちを押さえ込もうとしても、彼女を想う気持ちが強すぎて、胸が、そのずっと奥が痛くなる。
 このまま抱きしめてしまいたい。キスしてしまいたい。千歌音はその気持ちを懸命に抑え込む。
 そんな千歌音の気持ちに気づかぬまま、姫子がにっこりと微笑んだ。
「あのね……。もし……もし千歌音ちゃんが良かったら、いつかみたいに一緒に寝ても……いい?」
 無邪気に、無垢な瞳でねだるように言われて、涙が出そうになる。
 抗いきれなくなりそうだ。このまま愛してると言って、抱きしめられたらどんなに幸せだろう。
 でも――。
 でも、決してこの無邪気さを汚してはいけない。姫子の、優しくてあたたかな、真っ直ぐな愛を。決して汚してはだめ。――守りたい。彼女を。ただそれだけの想いで、必死に心を押さえ込む。
 ――彼女を守るために。
「ええ、もちろんよ。それじゃあ一緒に寝ましょうか? ふふ。ベッドが広くて良かったわ。ふたりとも落っこちないで済むものね」
 そう言って、ベッドに近づく。
 ベッドはメイドである乙羽の手によって、しわひとつなく綺麗に整えられていた。
「どうしたのかしら? 今日の姫子は寂しがり屋さんなのね」
 そう言ってベッドに腰掛けようとしたその時。
「あのね、千歌音ちゃん」
 ぱさりと何かが落ちる音がして、背中にあたたかな感触を感じていた。
 姫子が枕を投げ出し、その腕に抱きしめられていた。
「……あのね、このまま、聞いてくれる?」
「姫――」
 突然の事に、息が止まりそうになる。なぜ? どうしたの? そんな問いかけすら喉の奥で消えてしまう。
 姫子がそっと口を開いた。
「あの時、わたしが言った事覚えてる?」
 背中から抱きしめられ、かすかな吐息が首筋に当たり、どきりとした。驚きで呼吸が乱れそうになるのをぐっと飲み込む。
「あ、あの時って……」
「月のお社で。わたし、言ったよね。千歌音ちゃんの事、愛してるって」
「え、ええ」
 確かにそう姫子は言ってくれたのだ。ひとりぼっちにさせてごめんね、と。愛していると。
「それが……どうしたの?」
「今もね、その気持ちは変わらないよ。……ううん。もっと、強くなってる。こうやって千歌音ちゃんと一緒にいて、そばにいて……。手を繋いだり、キス……したり、抱きしめたり。そう出来るのがすごく嬉しくて……。だから……ちゃんと千歌音ちゃんに知って欲しいの。……ちゃんと。お社で……わたしは千歌音ちゃんの『本当』を教えてもらったから、今度はわたしの『本当』を知ってもらいたいの」
 そう告げる姫子。
 姫子の「本当」とは何か? ……分からなかった。
「……姫子の……『本当』?」
「うん。わたしの……『本当』」
 そう言ってゆっくりと腕が解かれる。何の事だか分からずに、そのまま手を取って振り向かせられ、包み込むように手を握られた。そして、ゆっくりとその手を胸に――姫子の小さな胸に当てられる。
「ね……ドキドキしてるでしょ。あの時も……今も。千歌音ちゃんの事考えて、すっごくドキドキしてるの。……大好きだから、千歌音ちゃんの事」
 姫子の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。
 どこまでも透き通るような、すみれ色の瞳が真っ直ぐに。射貫かれたように、千歌音は逃げる事も、目を逸らす事も出来なくなっていた。
「だからね。もう、こんなふうに、自分を責めたりいじめたりしないで」
「……どういう、事?」
 呆然とつぶやくと、せつなげに姫子が笑った。
「わたしね、分かってるよ。千歌音ちゃんがわたしのために、わたしの事を守ろうとしてこんなふうに忙しくしたりしてる事」
「姫――」
「でも、わたしね……。千歌音ちゃんは……千歌音ちゃんには、千歌音ちゃんの想うようにして欲しいの。……こんなふうに気持ちを押さえ込んだりして欲しくないよ」
 姫子の声が震える。
「……お願い」
 するりと手が伸びる。髪に触れて……そして頬に触れる。
「お願いだから……、さっきみたいにおびえたり逃げたりしないで」
 そして彼女が微笑んだ。
「わたし……ここに、千歌音ちゃんの目の前にいるよ。千歌音ちゃんが思ってるみたいに簡単に壊れたりしないから。だから……怖がらないで。もうわたしのために我慢なんてしなくていいから。……だから――」

「わたしの『本当』を、受け取って。……千歌音ちゃん」

 ゆっくりと唇が近づく。
 ゆっくりと、こちらを気遣うようにとても優しげに。
 そして唇が触れ合う。
 何度も交わして来た口づけを。
 でも、そうじゃなかった。
 姫子のやわらかな舌が飛び込んでくるのが分かった。まるでマシュマロのようにやわらかくて甘い舌だった。口の中でふわふわと溶けてしまいそうな感触に、もっとずっと胸が痛くなる。我慢して我慢してばかりいた時よりも、ずっと、もっと痛い。
「……千歌音ちゃんはわたしの唇が甘いって言うけど……、千歌音ちゃんの唇はわたしのなんかより、もっと……ずっと、甘いよ」
 頬を染め、とろけてしまいそうな表情で姫子が言う。
「……姫……っ」
 もう一度、唇が触れ合う。
 とても甘くて優しいキスに、こらえていたものが堰を切ってあふれ出した。
「姫子っ、姫子……っ!」
「千歌音ちゃん」
 ぽろぽろとあふれ出す涙が、姫子の頬に落ちる。
 構わず姫子が口づけをした。涙が混じって少し塩辛い味がしたけれど、直ぐに甘いキスに変わる。
「……来て、千歌音ちゃん」
 姫子がベッドへと導く。
 けれど二の足を踏む千歌音。その手を取り、姫子がベッドに腰掛けた。導かれるままに千歌音も腰を下ろすと、そっと抱き寄せられた。
「……大丈夫だよ、千歌音ちゃん。……ね?」
 あやすように頭をなで、抱きしめる姫子。そのぬくもりが愛おしくて、とても大事で、何よりも大事で――、胸が苦しくなる。
「いつもは……千歌音ちゃんが、こんなふうに泣いてるわたしを抱きしめてくれたよね。……いつも、嬉しかったよ」
 そう言うと、涙を流したまま千歌音がこくこくと頷く。
「……うん」
 優しく頭をなでる姫子。
「だから……わたしの番」
 愛してる、千歌音ちゃん。
 そうつぶやくと、両手で千歌音の頬を包み込み、そっと彼女を導いた。キスを交わし、彼女の唇を味わう。
 ……甘い。
 比喩や誇張なんかじゃない。本当に甘くてとろけそうなキス。
「ひめ……」
 彼女のつぶやきも、何もかもを包み込むようにキスをする。
 わたしの「本当」……。今度こそ何もかも全部受け取って、千歌音ちゃん……。

 ――本当にいいの?
 心の中で葛藤がわき上がる。
 胸が痛くてたまらない。ずっと、我慢してた。こらえてこらえて、なんとか踏み止まって。それはたったひとつの願いのため。姫子の思い出を綺麗に残しておくために――。
 彼女が触れるだけで、それだけで胸が痛い。もうこれ以上こらえ切れなくて、無数に涙がこぼれ落ちた。
 でももし、姫子もそれを望んでいてくれるなら……。
 ……いいの?
「愛してる、千歌音ちゃん」
 もうひと筋、千歌音の瞳から涙がこぼれ落ちた。


 ギシリとベッドが鳴る。少し身じろぎするだけで、スプリングがやわらかく波打つ。そんな音を聞くだけで、千歌音の胸ははちきれそうだった。
「千歌音ちゃん……、とっても綺麗」
 横たわって夜気にさらされた白い肌に、姫子の視線が注がれている。それが分かって千歌音は自然と頬が染まるのが分かった。
 恥ずかしい……。それなのに歓喜に打ち震える自分もいて、どちらが本当の自分なのか分からなくなる。
「姫子……」
「千歌音ちゃん……」
 するりと手が伸びて、ベッドのふちに腰掛けた姫子が、髪をひと房すくい、そこに口づけた。そして髪の花がはらりとベッドに舞う。
「あの……、わたしも……脱ぐね……」
 小声でつぶやくと、先ほどまで千歌音のまとっていたワンピースをベッドの脇に置いて、姫子が立ち上がった。月明かりの中でも、彼女の頬が染まっているのが分かる。
 緊張しているのかなかなかボタンが外せない。ようやく外し終えパジャマをはだけさせるが、そこで彼女の手が止まった。
 見上げると、俯いてとてもはずかしそうにしながら彼女が言った。
「あの……、わたし、千歌音ちゃんみたいに綺麗な身体じゃないけど……ごめんね」
 そしてゆっくりとパジャマを床に落とす。
 月明かりに現れた姫子の身体は、彼女が謙遜するのが信じられないほど綺麗だった。小振りだけれど形のよい、やわらかそうな胸。肉付きの薄い細い腰、綺麗な曲線を描く腰骨とそこから続く細い脚。
 ――何もかもが奇跡のように綺麗だった。
「嘘……。綺麗よ、姫子。すごく……素敵」
 思わずそうつぶやいていた。
 姫子の頬が更に染まる。
「嘘でも……嬉しいよ、千歌音ちゃん」
「嘘なんかじゃないわ、姫――」
 けれど千歌音の言葉は、姫子がベッドに上がった事で闇に消えた。緊張で息をするのもやっとで、千歌音は打ち震えた。
 姫子の手が頬に触れ、その手を掴んで、まるでそれが神聖な儀式のように厳かなキスを交わす。唇が離れた時、指を絡め合うようにして互いに手を握り合った。
 もう一度キスを交わしながら、いつもそうしていたようにいだき合う。けれど――。
 それは着衣越しではない。なめらかな素肌同士が触れ、そのやわらかな感触とぬくもりに新鮮な驚きを感じた。触れ合う素肌がこんなにも気持ちいいなんて知らなかった。胸と胸、腰と腰が密着し合い、脚が絡まり合う。
「姫子……とてもあたたかいわ」
「うん。とっても……気持ちいいね」
 お互い頬を染めながらつぶやいて微笑み合う。それだけで幸せだった。姫子を直接抱きしめる。薄衣一枚隔てずに。
「千歌音ちゃん……」
「姫子……」
 やがて姫子がゆっくりと身体を離し、千歌音の首筋に口づけた。始めて感じた感触に千歌音が震える。
「ん……」
「ごめんね、嫌だった?」
 慌てて唇を離し、姫子が謝る。千歌音は首を振った。
「違うの……。はじめてだから少し驚いただけ」
「そっか。それなら……、あの、その……、つ、続き、するね」
 おずおずと再び唇を寄せる姫子。そしてゆっくりと、豊満な千歌音の胸に手を添える。そのあまりのやわらかさに姫子が驚いた。
 胸って……こんなにやわらかくて気持ちいいんだ……。
 ふにふにと揉むと、やわらかな弾力が指先と手のひらを押し返す。めいっぱい指を広げてもまだあまる千歌音の胸は本当にやわらかくて、触れるだけでとても気持ちよかった。そっと千歌音を見ると、気持ちが良いのか恥ずかしいのか、頬を染めていた。
 姫子は千歌音の胸の頂きのその小さなふくらみに触れてみた。すると千歌音が頬を赤らめたままぴくりと震える。
 今度は口に含んでみた。
「あ!」
 驚いたのか声を上げる。真っ赤になって困った顔をしてみせる千歌音。
「ここ……、気持ちよかった?」
 そう尋ねられ、思い切り首を振る。
「わ、分からないわ」
 もう一度口に含むと、こらえるように千歌音が唇を引き結んで、身体を震わせた。
 ……気持ち……いいんだよね?
 ――千歌音ちゃんを気持ちよくさせてあげたい。千歌音ちゃんを幸せにしてあげたい。そう思うと姫子は口に含んだまま、舌を動かした。歯を使い、舌と挟み込むようにして刺激を繰り返す。
 頬を真っ赤にして、懸命にこらえようとして、身体が震えている。
 それからもう一方の胸のふくらみに手を添え、その頂きをつまんで同時に刺激する。震えが大きくなった。懸命にこらえるが、やがて吐息がもれた。
「……っ」
 それはとても甘やかな吐息で、官能的に姫子の耳を、そして目を刺激する。頬を赤らめて刺激に耐えようとする千歌音はとても可愛らしかった。
 一方千歌音は、姫子の与える刺激に翻弄され、理性と葛藤していた。声をこらえようとすればする程、身体の内側で何かが悲鳴を上げる。下腹部にじわじわと熱がこもっていく。触れ合った肌が、胸をもてあそぶ指先が、姫子の熱い吐息が、何もかもが千歌音の理性を追い立てる。
「っ、だめ……っ」
 ついに決壊した。千歌音の唇からこらえきれない想いがあふれ出し、小さな快感が身体を貫いた。下腹部の熱がわき上がっていく。
 姫子の舌が、くまなく胸をなぞる。指先が突起をはじき、快感が千歌音を襲う。
「んっ、……っ」
 舌先が踊る。突起も肌も吸われ、千歌音の白い肌に桃色の花が咲く。千歌音の上半身は、今やくまなく姫子のたどった跡でキラキラと輝いていた。
「千歌音ちゃん……」
 その声すらも媚薬になる。
「姫子……」
 姫子の指先が触れた場所すべてに快感が駆け抜ける。谷間を下り、腹部をなぞり下腹部へとたどり着き、そして――。快感が「そこ」へたどり着いた。
 姫子の細い指先が触れていた。
「姫子……っ」
 ゆっくりとその指が動く。ぬるりとした感触があった。その途端に千歌音の顔が真っ赤に染まった。……濡れている。そう分かると、千歌音は顔を背けて腕で覆ってしまった。
 恥ずかしかった。姫子にそんな姿をさらしだしている事が。――みだらな「女」の部分を見せてしまった事が。
 いやらしいだなんて思われたくなかった。
「だめ……っ! 姫子っ」
「大丈夫だよ、千歌音ちゃん。わたし……嬉しいよ。千歌音ちゃんが……こんなに気持ちいいって思ってくれて……」
 そう言って、さらに指が動く。ぬるぬるとした感触が表面をなぞった。
「千歌音ちゃん……。わたしの事、感じてくれてるんだよね」
 ほんの少しだけ、指の力が強くなる。
 かすかな――ちゅぷっと水音を立てて、指がその間に入り込んだ。それと同時に新たな快感が千歌音を貫き、思わず声を上げていた。
「やあっ……! あっ……ン」
「大丈夫。……千歌音ちゃん、大好きだよ」
 更に指が奥まで入り込んでいく。意志を持った生き物のように中を這っていく指は、さらなる快感を千歌音に与えた。
「やっ、あっ、あン……あン」
 姫子が指を動かした。くにくにと折り曲げられる指が千歌音の膣中(なか)を刺激し、千歌音がそのあまりの快感に打ち震えた。
「やあああ。あっ、いやああ、あ……ン、あン、あン」
 こらえたいのにこらえられない。姫子の指がうごめく度、鮮烈な刺激が千歌音を襲う。
「大好き……、千歌音ちゃん」
 口づけられ、舌を求められた。ちゅうちゅうと音が鳴る。そして少し離れた所からは粘度のある水音が響いていた。
 上からも下からも同時の快感に、千歌音の理性が限界を感じ始める。
「あっ……、やっ、ああっ、あン、ああン!」
「千歌音ちゃん。大好き。大好きだよ。……だから」
 不意に姫子が起き上がった。
 そして千歌音の膣中に指を入れたまま、脚を開かせた。
「姫……」
「愛してる、千歌音ちゃん……」
 すると、蜜のしたたった千歌音の「そこ」に唇を寄せたのだった。
 突然の事にまともな抵抗も出来ない千歌音。姫子の小さな舌がぺろぺろとしたたった蜜をなめとっていく。そして舌先が奥へと差し込まれた。
「やあああああぁぁぁぁっ」
 今まで感じた事もない快感が千歌音を貫いた。
 ぬめぬめと生き物のようにうごめく舌。それが千歌音を求め、愛撫し、責め、暴れた。
「あああっ、ああああン、ああああああっ!」
 やがて、千歌音の細い身体が弓のようにしなった。そして姫子の手によって放たれた矢は、千歌音自身を貫いたのだった――。

 ふたり分の荒い息が、ベッドを満たしていた。
「千歌音ちゃん……、大好き。ううん。愛してるよ」
 姫子が、枕に深く顔を沈めた千歌音に微笑みかけた。その笑顔に、精一杯千歌音は笑顔を返した。
「わたしもよ、姫子。……誰よりも深く、愛しているわ。……誰にも、負けないくらい」
 そう。姫子を愛している。
 ――綺麗な思い出なんかじゃないのかも知れない。
 でも、怖がらずにあなたが望んでくれたから。わたしの秘めた願いを――。
 そっと手を伸ばすと、同じようにシーツに身体を沈めた姫子がその手を握り返してくれた。そしてどちらからともなくいだき合う。――強く。もう決して離れないようにと。
 綺麗な思い出じゃない。――そう思っていた。彼女を求めてしまえば、それは彼女を再び傷つける事になると。あの暗い嵐の夜を思い出させ、彼女を傷つけてしまうと。
 でも、違った。
 優しいお日様のあなたはわたしを求めてくれた。わたしのすべてを。あなたのすべてを――「本当」をかけて――。
 だから、わたしは誓う。
 永遠に。わたしの「本当」をかけて。

  「……愛してる。あなたを、永遠に――」


 
† Epilogue †


「姫宮さん、どうかした? ……大丈夫?」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてしまって」
 肩より少し下で切りそろえた亜麻色の髪の少女が、目の前できょとんとした表情を浮かべていた。
 平日のティータイムの過ぎた喫茶店は騒がしくも静か過ぎもせず、ほどよいざわめきがあたりを包んでいた。
 不意に彼女が謝罪を口にした。
「でも突然、横断歩道で抱きしめちゃったりしてごめんね。千歌音ちゃんの事見たら、なんだかとっても懐かしいような気持ちになっちゃって。……気づいたら駆け出しちゃってたの」
 そう言って少女が困ったような笑顔を浮かべた。照れ隠しなのか、すっかり冷めてしまった紅茶を飲んで、少し残念そうな表情を浮かべている。
「って、あれ? ご、ごめんね。つい千歌音ちゃんなんて呼んじゃって。会ったばかりなのに馴れ馴れしいよね。……でもどうしてかな? なんか気づいたら呼んじゃって。へ、変だよね、わたしって――」
 まるで子犬のような大きな瞳をさらに大きくして、恐縮してしまっている彼女。表情がくるくると変わってとても可愛らしかった。
「ううん。とっても素敵」
 本当に素敵だと思った。今までそんなふうに親しげに名前を呼んでくれる人はいなかったし、何よりそう呼んでくれる彼女の笑顔が素敵だった。
「そ、そうかな? じゃあ、あの……、その、わたしの事も姫子って呼んでね。あの……嫌……じゃ、なかったら、だけど……」
 伺うように上目遣いでこちらをみつめる少女。
 本当にとても可愛らしくて、思わず微笑んだ。
「いいえ。ちっとも嫌じゃないわ。……姫子」
 そう呼ぶと、照れて頬を染める彼女。
「良かった……。えっと、ち、千歌音ちゃん……」
「何かしら、姫子」
 お互いに名を呼び合うと、少しこそばゆい感じがしたが、それは本当に素敵な瞬間だった。ほほえみ合って、見つめ合う。すると数年来の友人同士のような気さえして来た。
「でも、千歌音ちゃん、突然ぼーっとしたりして、大丈夫? 体調が……悪かったりした?」
 心配するように姫子の眉が下がる。
「いいえ。本当にただ、ぼーっとしてしまって。なんだか……夢を見ていたような気がするわ」
「……夢?」
「ええ。とっても……せつなくて……幸せな、夢」
「せつないのに……幸せな、夢?」
 姫子がきょとんとした表情を浮かべる。
「……本当はね、夢かどうかも分からないの。ただ、そんな気がするのよ。とても大切な人と一緒だったような気がして。わたしは……その人がわたしを見つけ出してくれるのを、ずっと待っているの」
 ……そっか、と姫子が頷く。
「きっと千歌音ちゃんにとって、本当に大切な人なんだね。その人に、会えるといいね」
「ええ」
「……実はね、わたしにもそんな人がいるの。まだ会った事はないのに、わたしはその人を捜してるの」
「そう――」
 まだ見ぬ、大切な人。
 わたしは、その人が必ず捜し出してくれる事を知っている。
 彼女と目が合った。やわらかな笑顔を浮かべる、お日様のような人だと思った。彼女と目が合うだけで不思議と心の中がお日様に照らされたようにあたたかくなる。
 不意に彼女がわたしの胸元に視線を落とした。
「あ、ねえ。その胸の貝殻のペンダント、素敵だね」
「これ? ……これは大切な……。そう、とても大切なものなのよ」
「あのね、わたしもそれによく似た貝殻のペンダントね、持ってるんだよ……」


――わたしたちは出会う。

再び、恋に落ちるために……。




END



あとがき

★いつまでも踏ん切りのつかない千歌音ちゃんに対して、じれて自分から攻めちゃった姫子はなしです☆

★……って、違う! 違うから! 姫子そんな子じゃないから!

★すみません。そんな話じゃありません。
★ただね、最終回での、姫子が千歌音ちゃんを包み込んであげてるシーンが大好きで、そういう感じの優しい「姫子×千歌音ちゃん」が書けたらいいなあ、と思って書いたお話でした。…「千歌音ちゃん×姫子」じゃないところがこだわり。
★あくまでも、姫子が千歌音ちゃんを支えてあげてる感じです。

★あと夢オチです、すみません。夢オチってあんまりいいオチじゃないですけど、少しでも「現世(?)」での幸せな千歌音ちゃんと姫子を書きたいな~と思いまして。でもそうすると事実と齟齬を来すので、生まれ変わった千歌音ちゃんが見た夢だった、というお話になりました。