excuse

★1★

 シズルはおっとりとした仕種で、元ルームメイトの発言に小さく首を傾げた。
「お部屋係?」

「そうよ。ようやくこうしてパールに進級した事だし、新学期が始まる前にある程度目星を付けておかかないとね!」
 何せ新学期が始まったら忙しくって悠長に選んでる暇なんてないだろうし――そう息巻く、何事にも全力疾走のパールNo.2ハルカ・アーミテージに並んで学園の渡り廊下を歩きながら、シズルは、はあ、そやねえ、と然して気のない返事を返す。
「……なによ?」
「……何どす?」
 互いの反応に互いが疑問符を投げかけ、怪訝そうな瞳ときょとんとした瞳が交差する。――とその時、廊下の向こうから真新しいコーラルの制服を着た少女二人がやって来るのが見えた。入学式は十日程先の事だったが、既に全ての新入生の入寮は完了していたし、初々しい新入生とすれ違うような事も少なくない。
「ご、ごきげんよう。シズルお姉様、ハルカお姉様」
「はい、ごきげんよう!」
「ごきげんよう」
 力いっぱい挨拶を返すハルカの向こうから、シズルお姉様とハルカお姉様とご挨拶しちゃった、などと可愛らしい小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
 シズルがやんわりと微笑み返すと、キャーという小さな歓声を上げ逃げ出すように少女たちは駆けていった。
 その背を然も呆れたような顔をしてハルカが見送る。
「なってないわね! 廊下を走るなんて!」
「まあ、ええやないの。まだ入学式前どすし。あんたかて、そやから叱らんかったんやないの?」
「……うるさいわね」
 顔を覗き込むようにして微笑まれて、思わずハルカは顔を赤くした。柔らかなシズルの笑顔を、ほんのりと頬を染めたハルカが睨むと、くすりと含み笑いを返されて、それすら妙に品があるものだから質が悪い。
「それはそうと、あんたの事だからてっきり“かいらしいおなごはん”漁りに余念がないんじゃないかと思ったんだけど?」
 言われてシズルは、ああ、と先程のハルカの怪訝な表情に合点がいく。
「そやねえ……まあ、一通り見た所どの娘(こ)もほんま可愛らしゅうて、これからが楽しみなんやけど……」
「あんた……」
 否定するどころか、もう既にチェックも済んでいるらしい言動にハルカが頭を抱えるが、シズルは至って涼しい顔のままで、廊下の先をぼんやりと見つめている。
「……で、楽しみなのはいいけど何なのよ。あんたらしくないじゃない」
 口では楽しみとは言うものの気乗りしない顔のシズルを横から見上げる。
 すると何を思ったのか、ちらりとハルカを見やると、シズルはどこか妖艶な笑みを浮かべて呟いた。そしてハルカのウエストを指先で撫で上げる。
「あらぁ。うちがどないな娘ぉお部屋係にするかそないに気になりますん? ハルカさん、やっぱりうちの事……」
「ば! な、何言ってるのよ! このぶぶ漬!」
 ハルカは飛びのいて、赤い顔で大声を上げる。ころころと笑いながら、シズルは廊下の角を曲がる。
 ったく、あんたはもう! と怒りを露にした怒声が角の向こうから飛んで来て、シズルはもう一度くすりと笑った。

「取り敢えずはコーラルNo.1と2の子は中々見所がありそうね。No.1のトキハって子はペーパーテストはぼちぼちだけど、身体能力テストの成績は抜群だし、No.2のクガって子も筋が良さそうね!」
「クガやのうて、クルーガーどす。ハルカさん」
 ハルカの手にしている成績表を見ずに訂正するシズルを見て、ハルカが呆れたような表情を見せる。
 そんなハルカのしかめっ面を笑顔でいなして、シズルはしばし想いに耽る。
 ――確かに。
 確かに新しい後輩が入って来た事は嬉しいし、何よりこのガルデローベは成績はおろか容姿さえ問われるから、言葉の綾ではなく本当に可愛らしい子が多く、お部屋係にする子を選ぶだけでなく色々と楽しみがあるのだが……。
 だが何故か気乗りがしなかった。
 なんでやろか?
 ……まあええわ。時間はいくらでもあるさかい、別に焦らんでも……。
 そう思って、何とはなしにハルカが名を挙げた二人の新入生を思い浮かべた。
 つい一昨日の事。学園内に侵入者が現れたとの事で、教師以下パール全員が駆り出されて侵入者の捜索に当たったのだが、その際人手が足らずコーラルNo.1とNo.2の生徒にも呼び出しが掛けられた。それがマイ・トキハとナツキ・クルーガー。
 捜索の最中、たまたま二人と話をする機会を得たのだが、一人は初々しく元気があって好感が持てる娘だった。もう一人は大人しいというか酷く緊張していたようだが、自分のファンというし、まあ、大概のファンの娘は自分に対する態度は概ねあんな感じだし、それ程興味を引かれた訳ではなかった。
 ただ、――彼女は、
 かなりの美少女ではあった。
 白い肌に大きな碧眼の瞳。長い黒髪は遠目にも目を引く程に艶やかで、思わず触れたくなった。
 だが、そうは言っても、容姿にはそこまでこだわる質ではないし、それにどちらかと言えば、自分のファンであるという娘を口説くよりも、気のない娘をいかにして口説き落とすか、そちらの方が面白くはある。
 まあ、あれ程の美少女を手放すのは惜しくもあるが、何にせよまだ入学式前でもあるし、ハルカの好きにさせておこう。
 そう思って少し視線を上げた。
 その時、廊下の向こうから件の二人がやって来るのが見えた。


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Saku Takano ::: Since September 2003