excuse

★2★

「あ、シズルさーん!」
 快活な声で呼びかけて来たのは、舞衣だった。ナツキはその後ろからどこか慌てているような物腰でおどおどと近付いて来る。
「あら、舞衣さん、ナツキさん。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう、シズルお姉様」
「こんにちは、シズル……お姉様」
 ナツキの険悪な視線に咎められて、舞衣がぎこちなくお姉様と呼びかける。シズルとしては別にお姉様だろうとさん付けだろうと然して気にも留めないのだが、ナツキという子は自分のファンである以前にどうも生真面目な娘なのであろう。その性格を表すように、綺麗に手入れされた真っ直ぐな黒髪からもそれが伺えるような気がした。
「何よ、シズル。あんたたち知り合いだったの?」
 ハルカが驚いたような表情で三人を見比べ、最後にぎろりとシズルを睨んだ。そしてコーラルの二人に視線を戻す。
 その視線に、えへへ、と笑顔を返しながら舞衣が簡単な自己紹介をした。本当に物怖じしない子だ。
「鴇羽舞衣です。シズルお姉様とは、この間ちょっと話をしたんです。えっと……?」
 ハルカの顔を見詰めたまま言葉に詰まる舞衣の脇腹にナツキが肘鉄を食らわせる。
「そうなんです、ハルカお姉様」
 ――馬鹿! トリアスNo.2のハルカお姉様だ! お前は本当に何も知らないんだから……。
 そう、こそこそと注意する様が微笑ましい、何ともでこぼこなコンビだ。
「で、あんたが」
「はい、ナツキ・クルーガーです。ハルカお姉様」
「それで、シズルさ……お姉様たちはどこへ行くんですか?」
「ああ、うちらはヨウコ先生に頼まれましてな。先生の所にコーラルの子たちのGEMを受け取りに行くとこなんよ」
「へえ……。GEMって、そのピアスですよね?」
 舞衣がシズルの左耳のピアスを指差す。
「そうよ! あんたたちもGEMを付けて初めてガルデローベの一員になれるんだから、それを誇りに思って、今日からはマイスターオトメとなるべく日々己を磨き、鍛練を怠ってはだめよ! 覚悟しなさい!」
「はあ……」
 ハルカの気迫に気圧される……というよりは呆気にとられる舞衣と、返事に窮する二人の対比が面白い。
「まあ、何にせよ、今日の授与式の後は、パールのお姉様方があんたたちにGEMを付けますさかい、ちょお痛みますけど、ちょっとの辛抱やさかい、気張ってな」
「はい」
 ナツキが堅い顔をして神妙に頷く。
 ――どまでもお姉様に対しては生真面目なようだ。お姉様の前だからと、取り繕っている態度とは違い、堅さがにじみ出ている。
 なんやえらい、舞衣さんと話しとる時と態度が違おすなあ。
 面白おすけど、……なんや難儀な娘やね。
 そう思い、そこでちょっとした悪戯心が沸く。
「でもあんたたち、大丈夫なん? ピアス、怖かったりせえへん?」
 そうシズルが問うと、ほんの少しナツキの表情が曇る。それを見逃さずにシズルは更に言葉を続ける。
「GEMは普通のピアスとは違いますしな。最初は身体に馴染まんような子もいはって、熱出して倒れる事もあるさかい、気ぃつけよし」
「うっわー。そうなんですかぁ?」
「そうえ。舞衣さんは怖ない?」
「う~ん、やっぱりちょっと怖いですよね」
 そう言うと舞衣は苦笑いをして自分の耳たぶに手をやった。素直な反応が微笑ましい。
 ――さて。
「ナツキさんは?」
 シズルが微笑みかけると、ナツキはその笑顔に一瞬頬を染め、それから唇をきゅっと引き結ぶと、きっぱりと言い切った。
「怖くなんかないです」
 真っ直ぐな視線は強い意志を感じさせ、元々綺麗な顔立ちが際立つ。シズルでさえ、ちょっと息を飲む程だった。
 だが――、
「そうどすか? ナツキさんは強いんやね」
 そう言ってシズルがナツキの左耳に触れると、きゅっと身体を強張らせて、しおらしく視線を彷徨わせた。
 ――まだまだおぼこい娘ぉやわ。
「ほな、うちらは行きますさかい、また後でな」
 そう言ってシズルが手を引くと、名残惜しがる視線がシズルの瞳を追いかけ、そして直ぐに逃げていった。
 不器用な娘ぉやね。
 そう言えば、侵入者の騒ぎの際も、戯れにキスしてあげようかと言ったら、勿体無いと言って断ったのだ。

 シズルは後ろを振り返らずに、歩みを進めた。
 歩きながら、はたと思い至る。
 ああ、そうや。
 お部屋係選びに気乗りしない理由が、なんとなく分かった気がした。


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Saku Takano ::: Since September 2003