excuse

★3★

 息を飲むのも憚れるような静謐な緊張感が漂う講堂に、学園長の凛とした声が響き渡る。
「マイ・トキハ」
「はい!」
 清清しい程の覇気ある声で応えて、舞衣が立ち上がって舞台へと進む。そして学園長からGEMを受取り、一礼して舞台を降りると、コーラルNo.2で入学したナツキの名が呼ばれた。
「ナツキ・クルーガー」
「はい!」
 優等生らしい鹿爪らしい返答。そして舞衣と同じく立ち上がって舞台へと進む。だが、舞衣と違うのは――舞衣には悪いが――ナツキにはどこか人目を引く魅力があった。周囲で息を飲む声がそこかしこで聞かれた。
 しかしそれは決して女の色香ではない。容姿こそ整ってはいるが未だ幼さを頬の柔らかさに残している。あと数年もすれば余程いい女になるに違いないが。
 ナツキがGEMを受取った。
 シズルはナツキを視線で追いながら、あの娘も誰かのオトメになるんやね、とぼんやりと考えていた。

 ガルデローベでは入学式よりも、GEM授与式の方が遥かに重要な意味を持つ。入学式など形式だけの単なる行事の一つに過ぎない。ハルカの言葉ではないが、GEMを受取る事で晴れてガルデローベの一員となり、オトメとなる為の一歩を踏み出すのだから。
 いつの間にか新コーラルへのGEM授与式は終わっていた。
 ナツキが着席した姿を見た後は、残りの48人のコーラルがGEMを授与された姿は記憶になかった。

「では、今から皆さんにGEMを付けて貰います。それぞれお姉様方の指示に従って、準備して下さい」
 教師の一人がGEMについての注意を説明し、いよいよコーラル達が初めてGEMを装着する。要領は普通のピアスを付けるのと変わらない。ピアッサーでファーストピアスならぬGEMを付ける。
 ただそのピアッサーは通常のそれとは違い、少々厳つい風体をしている為、その大きさに思わず腰が引ける生徒も毎年少なくない。やはり今年の新入生達の中にも表情を曇らせる者がちらほらと見かけられた。
「では星組の生徒から付けて貰います」
 教師がそう告げる陰で、シズルは手近にいた生徒達に、そないに怖がらんでも大丈夫どす、と極上の微笑みを添えて――ついでに肩に手を添えて――声を掛けた。
 すると、ぱあっと頬を染めてこくりと少女が頷く。
 最後にもう一度微笑んでから、シズルは月組の担当となっていたのを思い出し、何事もなかったかのようにそちらの方へと移動した。
 バチン、と第一声が響き、どうやら星組の方でGEMの装着が始まったようだった。
 シズルは移動しながら、何だかんだと横目で少女達を物色する。
 その時に、樺色の髪の少女と、長い綺麗な黒髪の少女の後ろ姿が視界に入った。さて話しかけるかそのまま通り過ぎようかと思案していたその時だった。
 ばたり、と突然黒髪の少女が倒れたのだ。
 何事かと思って小走りに駆け寄る。丁度その辺りにいたパールの生徒はシズル一人だったので、シズルが真っ先に黒髪の少女に駆け寄った。
 ざわついた気配の中心で倒れているのはやはりナツキだった。
「どないしたん?」
 傍らに跪きつつ、舞衣に問いかける。
「なんか、少し前からちょっと具合悪そうだったんですけど、いきなり倒れちゃって……」
 具合が悪そう。いきなり。――ガルデローベは持病がある者は入学は許可されない。となると――
 顔色こそ蒼白ではあったが、ナツキの脈を測ると心拍数に以上はないし、これは。
 ――単なる貧血やね。
 恐らくは、ピアッサーに驚いたのだろう。
 彼女の名誉の為、余り大事にならないようにと、のんびりとした口調を心がけてシズルは周囲に呼びかける。
「うちが医務室に運びますさかい、皆さんはそのまま順番を待ってはって下さい。大した事あらへん。体調が優れかったんやろ」
 そして舞衣にだけ分かるように目配せをする。するとやはり勘のいい子で、上手い具合に話を合わせてくれた。
「あ! そうそう。ダイエットしてるとか言って朝ご飯あんまり食べてなかったんですよ、彼女。だからよね~。きっと」
 そう言って、さりげなく振る舞って、乱れた列を元に戻す。歳の割に中々の手腕だ。
 しかし、ダイエットとは。コーラルNo.2たる優等生がピアスに腰が引けて貧血で倒れたなどという噂が立つよりはましだろうが、ナツキが後で知ったら怒るに違いない。その様を思ってシズルはこっそりと笑った。
 やがて、倒れたナツキの肩の下と膝の裏に腕を通すと、シズルは然して苦もなく立ち上がる。所謂お姫さまだっこというやつで、別に負ぶっても良かったのだが、見目はこちらの方が良かろうという理由だけで、少々腕に負担のかかる抱き方にした。そのまま講堂の出入口へと向う。
 その時、周囲で黄色い声が上がる。きゃあ、とか、いやあ、とか、ずるい、とかそんな悲鳴にも似た声が。
 途中ハルカと目が合った。何も言伝せずとも、教師へは彼女がうまく伝えて処理してくれるだろう。
 シズルは講堂を出ると、医務室へとナツキを運んだ。


NEXT SCENE










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Saku Takano ::: Since September 2003