excuse |
★4★ それにしても、ピアスに腰が引けて貧血とは。今朝、自分に向かって言ったナツキの言葉を思い返すと、笑いが込み上げる。 ――怖くなんかないです 「ナツキさんは、ほんま強がりなんやね」 寝顔にそっと呟く。 無人の医務室のベッドにナツキを横たえると、シズルは丸椅子を引き寄せ、寝顔の見える位置で腰を下ろした。 寝顔はまるでお人形のようだ。精巧に作られたセルロイドの人形。一分の隙もなく整っている彼女の顔はとても綺麗だった。 眠っていたら、あんな強がりを言うような娘には見えない。 高がピアスごときで意地を張らなくても良かったのに。舞衣のように素直に恐いなら恐いと言ったって誰も責めやしないのに。 恐くなんかないです、そうきっぱりと言い切った時の凛々しい印象とのギャップがおかしくてならない。美人だから余計尚更だ。 面白い娘ぉやわ。 ――それに。 難儀な娘や。 友人に見せる素の顔と、それ以外の優等生の顔。 そういう二面性を持ったのは――持たざるを得なかったのは、つまりそういう何かしらの柵(しがらみ)や過去があるのだろう。それを必死で優等生の面で隠している。辛くてもギリギリまで抑え込んでいるから、今日みたいに突然糸が切れてしまうのだ。 眠っている顔はあどけなくて、憂いなどない。 「無理せんと、いつもそういう顔しはったらええのに」 そう言ってしまってから、はたと気付く。 うちが心配する事やないやない。 でも。 気にかかる。 放っておけない? そんなんじゃない。 ただ、もう少し話がしたいと思った。 どんな風に話すのか。 どんな風に喜ぶのか。 どんな風に怒るのか。 どんな風に泣くのか。 どんな風に、笑うのか。 多分今迄感じていた違和感はこれなのだ。――最初に彼女と出会ってしまったから。 ★ 「ん……」五分程寝顔を見ていると、可愛らしい口から吐息が漏れた。 重そうに瞼を開くと、また閉じかかる。それでもまたゆっくりと開き出す。 やがて億劫そうに瞬くと、ようやくこちらに気付いたのだった。 「え……? シズル、お姉様……?」 「起きはった? 気分、悪ない?」 「え……? え!?」 そして勢い良く首を左右に振ると、周囲に視線を向ける。だが直ぐには事態を把握出来なくて、しばらくはきょとんとした顔であちこちを見回していた。 そんな姿も愛らしい。 可哀想なので、ネタばらしをしてあげた。 「GEM付けようとしてな、ナツキさん、倒れはったんよ。貧血で」 「え?」 「それでうちがあんたを医務室へ運んだんよ」 「へ?」 「思い出しはった?」 今度は声も出せずに絶句した。 そして顔を青くさせた直後に、頬どころか顔全体を、耳まで真っ赤にさせてしまった。 「ななななな、どうしてシズルお姉様が……!? って、倒れ……? 嘘だっ……。え? 皆の前でか?」 うわーっと叫ぶと、布団を顔まで引き摺り上げ、可愛らしい顔を隠してしまう。 忙しい子やわ。 シズルはにこにこと笑いながらしばらくナツキの様子を眺めていたが、その内に彼女が大人しくなった。布団を被ったまま、ぴくりとも動かない。恥ずかしさに耐えているのだろう。 恥ずかしがる様も、不器用だ。 シズルはナツキからは見えていない事をいい事にくすりと笑うと、それから助け船を出してやった。 「ナツキさん、ええよ。大丈夫やから。舞衣さんがな、うまいこと言って誤魔化してくれはったから、そないに心配せんでも大丈夫どすえ」 そう言うと、くぐもった声が布団から聞こえて来た。 「あの……、でも……。お、お姉様に、わたし……」 「ええから、顔、見せて? な? うちの話、聞いてくれへん?」 「…………」 やがて、小さな声で、はい、と聞こえた。でも直ぐには布団をどかせずにいる。 「……うちの事は気にせんでええから。パールがコーラルの子ぉの面倒見るんは当たり前やからね。それに、お姉様にはいくらでも頼ったらええ。あんたが心配する程、うちも、他のお姉様方も心、狭ないおすえ」 敢えてはっきりとそう言うと、ようやくそろそろと布団をどかした。そしてゆっくりと起き上がる。 それから一度視線を泳がせてから、やがて意を決しこちらに向き直ると、ナツキは確りと目を見て言った。 「御迷惑おかけして申し訳ありませんでした、シズルお姉様」 まだ随分と顔は赤かったが、それでも懸命にポーカーフェイスを繕っている。 シズルは微笑みでそれに応える。 すると幾分落ち着いたのか、ナツキが柔らかな笑顔を見せた。 「そないな顔も出来るんやね、ナツキさんは」 「え?」 「笑顔。笑ってた方が、あんた、可愛らしいわ」 すると絶句して、俯いてしまう。 「ほら、下向かんと。うちにあんたの顔よお見せて?」 「あの、でも……」 「コーラルはパールのお姉様の言う事聞くもんどすえ」 「……」 いかにもずるい、と言いたげな視線でおずおずと顔を上げる。 シズルはその顔を見つめて、思った事をそのまま口にした。 「……綺麗な目ぇしてはる。あんた、いいオトメになれますわ」 「……目、で、分かるんですか?」 「どうですやろか? そんな気がしただけどす」 そう言うと、はあ、と眉根が深い谷を刻んだ。案外表情は正直だ。 シズルはくすりと笑った。いつもの外交的な笑顔ではなく、自然と顔が綻んだ。 するとナツキも笑顔をこぼした。 「ほな、もう少し寝よし」 「あの、でも戻らないと!」 言うなりナツキは布団を剥いでベッドを下りようとするが、それをやんわりと制止して、シズルは彼女を押し戻した。 「GEMの事なら心配せんでもええよ。それに今皆のとこに戻るんは、ちょお、気が引けますやろ。皆が付け終わるの、ここで待っといたらええ」 「でも……!」 「ええから」 きっと、自分のGEMの事を心配しているのだろう。今付けなくては、期を逃して何かと不都合になる。 「心配せんでええ、言うてますやろ」 「あの……?」 不安を孕んで怪訝な顔をするナツキの髪をさらりと避け、彼女の左耳に触れ、優しく摘み上げる。柔らかな耳たぶだ。―― 一気にナツキの頬が染まる。 「あんたのは、後でうちが付けたげますさかい。何も心配せんと、――な?」 そして顔を近付け、耳に唇を寄せ、ふうっと息を吹きかけ。 止めとばかりに、耳たぶを甘噛みした。 「ンぁ…………っ!」 びくりと身体が跳ねる。ナツキはそのまま見事に伸びて、ベッドの上に倒れ込んだ。 「ふふ。鳴き声も可愛らしおすな」 シズルは布団を掛け直してやると、肘を枕元に着いてナツキの寝顔を見つめた。 このまま、ナツキが起きるまで寝顔を眺めるのも、――悪くはない。 強がりでも意地っ張りでも、寝顔だけはあどけないから。 fin. |
あとがき |
★シズルさんが、ナツキに興味を持ち始める話でした。 ★飽く迄も「興味を持ち始める」んであって、まだ惚れてはおりません。なんとなくドラマCDを聞いて、乙の二人は一目ぼれではないのだな〜とそんな雰囲気を感じたので。ナツキはもしかしたら、入学前に何かのマスメディア的なものでシズルさんを知って、その時に一目ぼれしてるかもしれませんが。 ★んで、今回のタイトル「excuse」……言い訳です。言い訳を英訳するとexcuseになるんですね。へー。 ★で、何の言い訳かというと。シズルさんがナツキに興味を持つ事に対する、彼女自身への言い訳、のつもりです。シズルさんって案外プライド高そうなので、人に惚れるのも一筋縄ではいかなそう。(その反面、舞-HiMEの静留さんは、がっつりなつきさんの手負い猫っぷりにイチコロでしたが(笑)) ★なんか乙のシズルさんって、ほんと食えないお人で。つうか食いまくってそう?(笑)……いや、笑えないって。なんだかナツキさんに同情してしまうわ〜。 ★さらに補足。 ★なんだかんだとシズルさんって、すごく優しい人だと思います。人に気づかうのが自然に出来て、それを無理やり押し付けないで、さらっと出来ちゃうような。今回はそういう部分を書いたつもりです。さらっと。あと、洞察力もすごそう。なんたって晶くんを一発で女の子と見抜いてしまいましたし(笑) ★まあそれはそれとして、そういう洞察力でナツキの本心を見抜いて、やっぱり手負い猫っぷりが気になっちゃったりするんでしょうね! つかそれ希望! みたいな感じです。 |
Saku Takano ::: Since September 2003 |