恋の方程式 ―星にねがいを side AMI―
―Scene 2―


「はあ……」
「まこちゃん、どうかした?」
 左上の方から重い溜息が降って来て、長身の彼女を見上げる。
「あ、いや、ごめん。ちょっと考え事しちゃってさ、なんでもないよ」
 そう言うまことの表情はやはり少し暗く、亜美はその理由を測り兼ねて、なるべく押し付け過ぎないように言葉を選んで彼女に声をかけた。
「……そう? 何か悩みがあるなら、相談してね。私じゃあんまり頼りにならないかも知れないけど――」
 そう言うと彼女は大袈裟に首を振りながら、亜美の言葉を否定した。
「いや、頼りにならなくなんかないよ。ホントになんでもないんだ。それよりレイちゃん家に急ごう。もう皆集まってるかな?」
 言って、腕時計に視線を落として時間を確認すると、前に向き直り大きく腕を振って歩く。すると歩幅も大きく開き、亜美はたたらを踏むように小走りしなければ追いつけなかった。
「うさぎちゃんは……」
 追い付くとまことがそれを横目で確認して、また前を向く。 亜美もそのまま前を向き、気持ち歩幅を大きくして並んで歩く。
「ああ、居残りだって。今日、3つも宿題忘れて来てたからさ」
「もう、うさぎちゃんったら……。私たち受験生だっていう立場を忘れているんじゃないかしら」
「いや、忘れてるっていうか、考えないようにしてるんじゃないの?」
 はは、なんて他人事のように暢気(のんき)に笑うものだから、意地悪く牽制球を投げてみる。
「……そう言うまこちゃんは? お勉強はかどってる?」
 わざと表情を窺うように前から彼女の顔を覗き込む。――と、慣れた距離で視線が合う。またいつものように笑って誤魔化すものと思っていたら、一瞬困った顔をしてそのまま表情を固まらせてしまった。歩きながらしばらく見つめ合う。
 ……?
「まこちゃん?」
「……ああ、ごめん。うん、あたしなりに頑張ってます、うん。多分」
 何故にそんなにも驚いているのか分からないが、なんとなく顔が赤い。……やっぱり少し様子がおかしい。
 それでも彼女の聞き捨てならない頼り無い返答に、怒った表情をしてみせる。
「多分?」
 亜美が上目遣いに睨むと、まことはますます顔を赤くさせ、顔の前で手を振って前言を撤回する。
「いや、ちゃんと。頑張ってます。……はは、その為の勉強会だもんね」
 誤魔化す様に曖昧に笑って、こちらを見下ろす。少し戯けた表情。屈託のない笑顔。徐に前を向き、変わってこちらを向く横顔。
 その横顔からは、隣で懸命に歩幅を揃える自分に対する情動など、少しも窺えなくて。
 少し、悔しくなる。
 ――否、何を期待しているんだろう。
「ええ……。頑張ってね、まこちゃん」
「うん?」
 無意識にほんの少し控えられた亜美の声音にまことが気付いて反応する。こんな小さな変化にも気付いてくれるのに。
 だからこそ。
 いらぬ期待をしてしまう。
「……ね」
 ふと、足を止める。するとまことも気付いて足を止め、亜美の方へと向き直り目が合う。
 友達? 恋人? そんな言葉たちが頭を過ってぎこちない位に意識してしまう。
 思わず俯いて彼女の視線から逃れて立ち竦む。
 少しでもいいから、今、私の事を考えて欲しい。そう思うのは我が侭かしら?
 ――気付いて欲しい、この気持ちに。
 でも。
 そう口に出来ない。
 変わりに、違う言葉が口から滑り出る。
「絶対、一緒に十番高校へ行きましょうね」
 そう言って、出来るだけ優しい笑顔で微笑んで、彼女の手をぎゅ、と握った。
 出来るだけ長く一緒にいたい。まこちゃんと。高校だって勿論一緒に行きたい。
 他の誰でもない、まこちゃんと。
 今だけ――他の皆の事よりもまこちゃんの事だけを想ってしまう。今だけだから。――今だけならいいわよね。
「亜……」
 驚いたような表情が、亜美を見下ろす。
 握った手の感触が、いつもより強く感じられる。――手が、熱い。なんだか耳までも熱い。
「亜美ちゃん……」
 握り返される手。
「あ……、や」
 ――ああ、何をしているんだろう。
 不意に意識が現状をリアルに捉え始める。朧だった周囲の景色が彩りを取り戻し、車道を走り抜けていくトラックの騒音や、生活感のある普段意識されないような小さな音までが耳に響く。
「――皆で」
「――――へ?」
「皆で一緒に行きましょうね、高校」
 あっと思った時にはぱっと手を離し、そう言い直してしまっていた。 なんとも跋の悪い間が空く。
 すると少し気抜けしたような彼女の声が頭の上から降ってきた。
「あ…………うん。皆でね。うん……そうだね……」
 困った顔のまこちゃん。

 ああ。何……やってるんだろう、私。

To be continued.


★ Scene 3 ★
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